7月12日(木)
営業を終え、会社に戻ると、助っ人のアマノ君がお茶を持ってきてくれた。
「えへえへ、杉江さん、お疲れ様です。」
営業マンほど他人の愛想笑いに厳しい人種もいないと思うのだけれど、アマノ君はいつも僕に愛想笑いで近付いてくる。
「お前その『えへ、えへ』つうの辞めろよ」
「いや、あの、決して愛想でなく、杉江さんに対しての親愛の情でして。その親愛の情がより一層募ったことがあるのですが、お話してもよろしいでしょうか?」
愛想笑いにプラスして、丁寧なのかバカにしているのかわからない、こんな話口調もアマノ君の癖である。
「あのですね。杉江さんが先日、それは6月29日だったと記憶しているのですが、ホームページの日記で、『逝きし世の面影』渡辺京二著(平凡社ライブラリー)を帰ってかえられたと書かれていたではないですか。実はその全く同じ日に僕も『逝きし世の面影』を買っておりまして、いやー、新刊ならともかく既刊書で、こんなことがあるのか、これぞ運命のいたずらなんて感激した次第なんです。」
「マジ?」
「マッ、マジです。運命感じますよね」
いったい何の運命なのかわからんけれど、珍しいことであるのは間違いないだろう。しかもこのアマノ君、読書傾向がまったく本の雑誌的でなく、助っ人との飲み会で本の話をしていると「どうせエンタメでしょ?」なんてくわえタバコで、そっぽを向いてしまうのだ。
そこで、ふと、そういえば今読んでいる本もアマノ君向きかもと思い、カバンから取り出す。
「アマノ君さぁ、これ面白いんだよ。1974年に、ほとんど団地の子供たちが通うために出来た新設の小学校でどんな教育が行われていたか……」
するとアマノ君、突然、僕の持っていた本を奪い取り
「す、す、杉江さん、これ昨日まで僕が読んでいた本ですよ。『滝山コミューン1974』原武史著(講談社)ですよね。これ、ハンパないっすよね。やっぱ運命感じちゃうなぁ」
★ ★ ★
『滝山コミューン1974』原武史著(講談社)は明治学院大学国際学部の教授にして政治学者である著者が、その小学生時代に受けた班活動を中心とした全体主義的な教育への違和感を、今改めてその時代をともにした同級生や先生に取材をし、問い直すノンフィクションである。
僕とは9歳違いなのであるけれど、このなかで行われている教育法は、僕の時代も引き続き行われた教育であり、僕自身も幼きときから団体行動が苦手で、班や委員会、あるいは合唱や林間学校のキャンプ・ファイヤーなどから距離を置き、その結果ダメ生徒の烙印を捺されてしまったのであるけれど、それが実は全国生活指導研究協議会というところが推奨する教育法だったのだと知り、初めて“敵”がどこにいたのかわかったのである。
そして、その実体に迫るあたりは、同じ時代に生きた人間ならばかならず息苦しくなるような、あの学校の姿であり、そういう意味で非常にスリリングである。そういった教育を受け入れるにしても、拒絶するにしても、どちらも自分を形作る上で大きな爪痕を残しているわけで、現にその教育の中心にいたと思われる同級生の告白は胸に迫る。
またそういった学校の中の出来事とともに、その学校があった団地という社会が(僕の家の近所にも大きな団地街があった)どのようなものであったのか、鋭く迫っていくのである。
いやー、アマノ君じゃないけど、ハンパない1冊。
同年代の人には是非ともオススメの硬派ノンフィクション。