第5回「ドラマ・映画だけじゃわからない! 原作マンガの凄味」

Page 3 なぜ『こち亀』の評価が低いのか

なぜ『こち亀』の評価が低いのか

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さて今回のお題にあたって、避けては通れない作品があります。『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(秋本治)――『こち亀』です。実写版ドラマの放送開始から間もないこともあり、厳しいコメントも数十件寄せられました。その一部を抜粋すると......。

「慎吾ちゃんじゃないよね......。両津さん」
「(主役の両津勘吉は)ラサール石井さんがよかった気が」
「配役にええっーって感じ。(個人的に)主役はグッさんと決めていた」
「ちょっと中川と麗子が......」
「ビジュアルイメージを大切にすべき」
「キャストは物凄く頑張ってるけど、マンガのインパクトが凄すぎて」

とまぁ、見事に辛らつな意見ばかり。なかには「見ていて恥ずかしかった」というコメントもあったほどです。Blogのコメント欄というのは、一度大きな流れが作られてしまうと、なかなか反対意見が書き込みにくくなるという特徴はあるにしても、「マンガ原作のドラマ」としてはダントツの厳しい評価をされてしまいました。

ではなぜこれほどまでに辛らつな評価を受けてしまうのか。ここはビシッと結論から行きましょう。ゲキコミとしてはドラマ版『こち亀』は「製作サイドの温度・姿勢」に課題があると考えます。

まず今回これほど話題になったのは、やはり「局を挙げての大作」という仕掛けが前提になっていることにあるのは間違いない。もし深夜番組だったら、ポジティブ・ネガティブ問わず、これほどの反響はなかったでしょうから、話題づくりという面では仕掛けの段階である意味成功していたともいえます。

しかし今回はそれが裏目に出た。「日本を代表する名作」を「局を挙げて制作」という大仕掛けで制作する。となると、仕上がりにはパーフェクトなものが求められます。キャスティングや脚本という、ドラマの柱になる部分だけではありません。それこそ大道具、小道具にいたるまで、作品として一分の隙もないものを作らなければならないはずなんです。

9月26日の最終話までに改善されるかもしれませんが、ドラマ版を見ているとディテールのユルさが目に付きます。その象徴として挙げられるのが、衣装。もちろん予算的な問題はあるのでしょうが、登場するキャラクターの衣装のペラペラ感は見ていてかなり厳しい。とりわけ世界的な大金持ちのはずの中川と麗子の衣装は、相当きちんと作り込まなければキャラクターとして成立しなくなってしまう。何十着も作るものではないのですから、こういう部分をきちんとしていただきたかった。放送の冒頭時間にタレントのスケジュールを確保して地元葛飾区からの生中継を数分差し込んだり、御輿を担いだ役者を川の中に突入させるなど、力を入れたであろう仕掛けは確かに素晴らしい。しかしその予算と手間を本編の制作に少し割いただけで、見栄えはずいぶんと違うものになっていたはずです。

ドラマ化されるにあたり、最優先されるのは「キャスト」や「話題になるための手法」だといいます。視聴率がどれくらい取れるか、そのために局がどれだけ力を入れているか、どんな仕掛けがあるかでスポンサー獲得が決まるというのです。もちろんそれ自体は大切なことですが、すべては本編の充実があってこそ。どんな業種でも、「ものづくり」をおろそかにして、息の長い、爆発的なヒットは望めないのは同じはずです。

原作の恐るべきオタク力

では原作はどうかというと、その「ものづくり」にかける情熱が尋常ではありません。ギャグマンガとしての爆発力は言うまでもありませんが、毎回、時代時代の小ネタを大量に盛り込む作者の姿勢には頭が下がります。第1巻の冒頭のエピソードからして、拳銃の「S&W(スミス・アンド・ウェッソン)」や警官が使用するニューナンブの口径や仕上げ塗装の話が登場しますし、手持ちの最新刊、165巻では「養殖うなぎの成育の過程」というなんともニッチなテーマを採り上げています。しかも同巻には、ドバイをテーマにした回も収録されていて、「GDP成長率30倍」「人類史上最速で発展した都市」「台北101を抜いて、世界一の超高層ビルになったブルジュ・ドバイ」というようなニュース性の高いネタも盛り込まれている。こうした徹底したディテールのへのこだわりは、クリエイターには欠かせない資質ですし、良質なアウトプットには、どこかしらこうしたこだわりが感じられるもの。もしドラマ版だけしか見ていない人がいたら、数巻だけでもコミックスを読んでほしい。全巻まとめ買いをしろとは言いませんが、少しでも原作に触れていただきたいところです。

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