第6回「マンガ初心者&食わず嫌いに読ませたい名作」

Page 3  読み飛ばせるウンチクの巧妙な『もやしもん』

読み飛ばせるウンチクの巧妙な『もやしもん』

もやしもん(1) (イブニングKC)
『もやしもん(1) (イブニングKC)』
石川 雅之
講談社
576円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> ローソンHMV
もやしもん(8) (イブニングKC)
『もやしもん(8) (イブニングKC)』
石川 雅之
講談社
576円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> ローソンHMV

ふだんマンガを読み慣れない人にとっては、いきなりマンガの作品性を説明されてもよくわからないかもしれません。ならば、共感しやすいテーマや内容のマンガを手に取るのもいいでしょう。例えば、女性にとってはファッションが丁寧に描かれている『ハチミツとクローバー』(羽海野チカ)や、コスメをテーマにした『コスメの魔法』(あいかわももこ)も入りやすいマンガと言えます。

そう考えると、人間の生理的な欲求・欲望に忠実なテーマを扱った作品は、普段マンガを読んでいない人でも受け入れやすいはず。もっともマンガで睡眠欲を満たすことはできませんし、性欲となると嗜好性が広すぎて(笑)、誰にでもおすすめできるマンガが思い当たりません。となると、残る生理的欲求は食欲。つまり「食」マンガです。最近では、"グルメマンガ"と一言ではくくれないほど、「食」を扱うマンガのバリエーションは豊富になっています。

例えば"菌"が見える農大生、沢木惣右衛門直保が主人公の『もやしもん』(石川雅之)も、そうした作品のひとつ。扱うのは"菌"という食のなかでも超ニッチなテーマです。

この作品には、発酵を軸にした食や菌にまつわる数々のウンチクが登場します。例えばビール好きの僕としては、地ビールをテーマにした章で地ビールの愉しみ方を作中のウンチクから教えてもらいました。それまで、正直地ビールは町おこしの1アイテム程度とナメていたところもあったのですが、その奥深さをこの作品で知ったのです。それは僕がたまたまビールが好きだったからで、お酒を飲めない人にはそれほど楽しくないエピソードかもしれない。

しかし実は本作のスゴさは、グルメウンチクを読み飛ばしても楽しめること。「菌が見える人間」、「菌のキャラ化」という前代未聞の設定に加えて、キャラのかわいらしさ、沢木と"菌"のやりとり、周囲のキャラクターを交えてのドタバタ劇など、ウンチクがなくとも十二分にエンターテインメントとして成立しているのです。すっきりとした描線とあいまって、初心者にはうってつけのマンガと言えるかもしれません。

『極道めし』という「食べない」グルメマンガ

極道めし 1 (アクションコミックス)
『極道めし 1 (アクションコミックス)』
土山 しげる
双葉社
648円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> ローソンHMV
極道めし(4) (アクションコミックス)
『極道めし(4) (アクションコミックス)』
土山 しげる
双葉社
648円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> ローソンHMV

"グルメマンガ"と言えば、一般にイメージされるのは『美味しんぼ』(作・雁屋哲 画・花咲アキラ)などの"ウンチク系"や『クッキングパパ』(うえやまとち)のような"レシピ系"マンガでしょう。また超王道とも言える"対決系"マンガなら、古くは『包丁人味平』(作・牛次郎 画・ビッグ錠)から、最近の『ラーメン発見伝』(作・久部緑郎 画・河合単)まで、膨大な数のコミックスがリリースされています。

しかし2006年に連載がスタートした『極道めし』(土山しげる)は、これまでのどんなグルメマンガとも一線を画しています。なにしろグルメマンガなのに「食べない」のです。ストーリーの軸となるのは「"めし"自慢バトル」。刑務所の受刑者たちが、年に一度"おせち"を賭け、過去に食べた「旨かっためし」の回想話で何人の喉を鳴らすことができるかというバトルを行うんですが、とにかくそのシーンに登場する食べ物がどれも抜群に旨そうなんです。

立ち食いそばやカツ丼などという、塀の外のメシに対する受刑者の憧れの強さが想像できるほど、回想シーンでのメシの描写が生々しい。好きなものを食べられない人たちが持つ思い入れにグイグイと引き込まれていく。

そういえば、僕自身にも似たような体験があります。大学生時代、絡まれた友人の助太刀に入ったら、予想以上に敵の数が多くて、前後左右から殴られ僕もボコボコに(笑)。結局、鼻骨、眼窩底、アゴを骨折して、2か月間流動食を流し込まれる羽目に。しかも当時の病院の流動食って、カロリーメイトのドリンクを100倍マズくしたようなひどい味のもの。プリンや豆腐すら食べられず、2か月間そればっかりですからもう気が狂いそうでした。病院のベッドで思い浮かぶのは食べ物のことばかり。「治ったら焼肉と寿司と......とにかく食いまくってやる!」と執念を燃やしていたんですが、意外なことに治った後のメシで一番印象に残っているのは、退院後に母親が取ってくれた寿司でもなければ、リハビリ後に食べた焼き肉でもない。一杯の雑炊なんです。

ギプスが取れてリハビリに入るとき、ようやく医者から「お粥や雑炊なら」とお許しが出て、病院の食堂でカニ雑炊を注文。まだ口も上手く開けられないから、レンゲも歯にカツカツ当たって、すくった雑炊も上手く口のなかに運べない。小さく開けた口から舌の上に落ちてきたのは、久々に感じる塩気と化学調味料テイスト混じりのカニ風味のダシ。その後から、煮込まれて少しクタッとした米とそれを包む卵が口の中に......。とにかくあまりにも旨くて、病院の食堂で半泣きになりながら、夢中で流し込んだのを覚えています。

話がそれましたが(笑)、『極道めし』はこういう話が迫力ある絵と擬音とともに迫ってくる。一杯のカツ丼や立ち食いそばがメチャクチャ旨そうに見えるんです。五感に迫ってくるあの圧倒的な「旨そう!」はマンガにおける革命といってもいいほど。初心者でもそうでなくても、まだ読んだことがない人は、ぜひあの「旨そう!」を読んでいただき、何かの機会にぜひ「"めし"自慢バトル」で勝負しましょう!

「PENICILLIN HAKUEIのゲキコミ」トップページBackNumber