第6回「マンガ初心者&食わず嫌いに読ませたい名作」

Page 4 「ジャンル特化」作の清々しさと深み

「ジャンル特化」作の清々しさと深み

オフサイド(1) (講談社漫画文庫)
『オフサイド(1) (講談社漫画文庫)』
塀内 夏子
講談社
702円(税込)
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前回「実写化が難しい」ジャンルとして挙げたスポーツマンガは、完全に成熟した王道ジャンルです。現在の各マンガ誌での連載作も「リアルな情報」、「生々しい感情」などが見事に反映されている。ただ、だからこそ最近のスポーツマンガは、普段マンガを読まない人にはすすめにくい面もあるんです。マンガ好きには安心して読める作品に仕上がっている反面、荒唐無稽とも言える勢いが感じられない。スポーツマンガ好きのためのスポーツマンガばかりになってしまっているんです。

となると、初心者におすすめできるスポーツマンガは、少し前の作品になるのかもしれません。例えば『オフサイド』(塀内夏子)。この作品は1987~1992年まで「週刊少年マガジン」に連載された、高校サッカーを題材にした名作です。スポーツをテーマに数々の名作を世に送り出したこの作者の作品には、時折いい意味で「現実には考えられない」ことが盛り込まれている。例えば本作では、リアリズムを追求したらちょっと考えられないような設定の変更が序盤で行われています。しかし無理のある設定の変更ではなく、そこに"夢"が感じられる。「実現不可能な壁を越える」という男のロマンだと解釈できる設定変更になっているのです。

しかも塀内作品は、男も女も読める貴重なスポーツマンガ。キャラクター設定も、「いるよね。こういうヤツ」と自然に思えるほど練り込まれています。スポーツマンガは男性目線で描かれがちですが、『オフサイド』には、女性らしい視点も盛り込まれている。マネージャーなど周辺の女性の言動や部員との距離感に不思議なリアリティがあるんです。ファンタジーとリアリティの絶妙なバランスに、細やかな心理描写まで描き込まれた本作は、近代のスポーツマンガの名作。ぜひ手にとって頂きたい作品です。

『バクマン。』はまさにマンガの現場である

バクマン。 1 (ジャンプコミックス)
『バクマン。 1 (ジャンプコミックス)』
大場 つぐみ
集英社
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バクマン。 4 (ジャンプコミックス)
『バクマン。 4 (ジャンプコミックス)』
大場 つぐみ
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さて今回、最後に紹介する作品は現在「週刊少年ジャンプ」で連載中の『バクマン。』(作・大場つぐみ 画・小畑健)。マンガ家を志す中学生2人組がプロのマンガ家になる過程を描いている作品で、徹底したリアリズムとともに業界事情を暴露したとも言える作品です。マンガを普段読みつけていない人は、まず業界の裏側から読んでみるというアクロバティックな入り方もいいかもしれません。

マンガ好きならなんとなく知っている「アンケートシステム」や出版社との専属契約、その他業界用語などについても、かなり懇切丁寧に描かれています。作中では架空の週刊マンガ誌編集部「ジャンプ」が舞台となっていますが、当然モデルは「週刊少年ジャンプ編集部」。アンケートの仕組みを説明するくだりで登場する「読者のうち2割が票を入れてくれれば、人気マンガ」といった"業界の常識"などは、実際の「ジャンプ」のシステムに基づいたものだそうです。

そうしたディテールの掘り下げ方と緻密な表現は、さすがは大場・小畑の『DEATH NOTE』コンビ。斬新で明確な設定に、緻密に構築されたロジックと大胆なストーリー展開――。マンガ業界の裏事情を暴露するというあざとさはあるものの、しっかりとエンターテイメントに昇華されているのですから文句のつけようもありません。メジャー誌のマンガで、ここまで業界事情に踏み込むというのも驚きです。この一作で現代のマンガ事情はだいたい把握できると思っていただいて間違いないでしょう。

「マンガ編集マンガ」というジャンルは、まだ確立されているわけではありませんが、少なくとも『バクマン。』はそのひとつの形を提示しています。エンターテインメント感あふれる設定中に、巧みに事実を盛り込むというのは、まさにマンガが得意とするところ。『バクマン。』はマンガの裏側を描きながら、そこにある魅力を娯楽として高いレベルで成立させている。普段マンガを読まない人にこそ、新鮮に感じられる新しい世界が作中には広がっているのです。

そもそもマンガというのは、表現としてとてもすぐれた手法なんです。例えば、小説ならば文字のみで構築された世界を読み手が想像しなければ、正しく伝わらない。かといって、実写映画やドラマはそこに写し込まれた映像に引きずられてしまい、作品の本質までたどり着けない可能性も少なくない。しかしマンガには必要な情景を描写するスペースがあり、物語を説明する吹き出しや効果音という手法もある。しかもストーリーの邪魔になるものは、描く必要はない。すぐれた作品が生まれやすいフォーマットがマンガにはあるんです。もちろん、駄作もあるでしょうが、満足できる一冊は必ずある。これほどの極上エンターテインメントを知らずに過ごすのは実にもったいない。必要なのは失敗を恐れず、棚に手を伸ばす勇気。それさえあれば、必ずや新たなエンターテインメントを手に入れることができるのです。

HAKUEI的「マンガ初心者&食わず嫌いに読ませたい名作」とは
一、ディテールがくっきりとしたマンガである
一、他ジャンルのエンターテインメントにひけをとらないマンガである
一、画風や描線に美しい勢いのあるマンガである
番外、マンガ業界の苛酷な現状をかいま見られるマンガである

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