第8回「そこにある“リアル”を描くマンガ家たち」

Page 2 徹底した調査の先にあるリアル――山田芳裕

徹底した調査の先にあるリアル――山田芳裕

度胸星(1) (KCデラックス モーニング)
『度胸星(1) (KCデラックス モーニング)』
山田 芳裕
講談社
1,234円(税込)
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現在、『週刊モーニング』で「へうげもの」(と書いて「ひょうげもの」と読む)を連載する山田芳裕は、常に新しいジャンルを開拓し続けてきました。陸上の十種競技など誰も知らない時代に「デカスロン」を連載し、一般人の宇宙旅行が現実感を帯びてきた2000年には「度胸星」を。現在連載する、戦国時代の"粋"や美を扱う「へうげもの」に至るまで、常に読者にとって新鮮なテーマで勝負し続けています。

そのときどきでハマってしまったマンガばかり読み返す悪癖が災いしてか、「度胸星」と「へうげもの」は1巻だけ読んで、そのままになってしまっていますが、この2作は機会を見て続きを読みたいマンガの代表的な存在。「度胸星」なんて週刊ヤングサンデーの編集長交代劇に巻き込まれて、中途半端なところで無理矢理終わらされたという噂を聞いて、すんげぇガッカリした。「一気読みするのを楽しみにしてたのに!」って。

さて、「1巻しか読んでいないのに取り上げるのもどうなんだ」というような疑問は受け付けずに(笑)、まずは「度胸星」。これは最近、超ハマっている「宇宙兄弟」と設定が似ている「一般人が宇宙に行くまでの物語」です。

当時のNASDA(現在のJAXA)に綿密な取材をしたというだけあって、第1巻から選抜制度などの情報が盛りだくさんでしたし、閉鎖環境適応モジュールなどもリアルに描きこまれていました。僕は実物を見たことがありませんが、つくば宇宙センターで現物を見た人によると「作中そのまま」だとか。

その後、コミックスが絶版となり、1巻の最後で見せたトンでもない展開が気になったまま、僕のなかでは塩漬けされてしまっていいたのですが、最近になって講談社からワイド版として復刊されたようで、ぜひ2巻以降を読んでみたい! 作品のファンから「ぜひ続編を!」との声も高いのに、作者が当面描く気はないというのは残念ですが、とりあえずまずは何かの機会に一度読み切ってしまいたい作品の代表格です。す。

“事実”を土台に想像力を無限に膨らませた「へうげもの」

へうげもの(1) (モーニング KC)
『へうげもの(1) (モーニング KC)』
山田 芳裕
講談社
566円(税込)
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さて「へうげもの」。安土桃山時代を舞台に、茶の湯と物欲に魂を奪われた古田織部を描いた物語ですが、普通なら作り手として織田信長を描き込むか、それがベタでイヤなら千利休に寄るかというところが常道でしょう。なのに、山田芳裕はサブキャラになりがちな古田織部に寄ってしまった。以前、インタビューで「武士道よりも禅に興味が向かった」、「千利休を調べていたら古田織部に目が止まった」、「江戸時代より安土桃山」と語っていたのを目にしましたが、どうもこの作家、興味の矛先が変な方向に向いてしまうクセがあるようです。

しかしその内容たるや、凄まじく濃厚です。1巻の時点で女性の乳房を茶器に見立てるなど、茶器や「わびさび」についての解釈がてんこ盛り。しかも登場人物同士の人間関係も細密に描かれていて「最新刊(第9巻)の人間ドラマが凄まじい」と本連載の担当者も熱く語っていました。そう聞かされると、いますぐ読みたくて仕方がなくなってしまいます。

『デカスロン』の取材でもカール・ルイスに会いに行くなど、山田芳裕という作家は資料や人の区別などなくどこまでも調べ尽くさずにはいられない"熱"を持っています。遠近感を異常なまでに強調して臨場感を演出したり、強烈に表情を歪ませるという手法を使ってキャラクターの感情を表現するなど、一見突飛にも見える手法を使っているのに強烈な説得力がある。それは緻密に裏づけられた"事実"に基づく説得力とも言えるのです。

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