第8回「そこにある“リアル”を描くマンガ家たち」

Page 4 現実の先を行く"リアル"――さいとう・たかを

現実の先を行く“リアル”――さいとう・たかを

ゴルゴ13 (1) (SPコミックス)
『ゴルゴ13 (1) (SPコミックス)』
さいとう たかを
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マンガにおいては、現実を描写するのがリアルだとは限りません。なかには現実の先を行くリアリズムを感じさせるマンガがあります。『ゴルゴ13』(さいとう・たかを)。言わずと知れた日本有数の長編マンガで、その出版累計数は2億冊以上。出版元が複数にまたがっているため、誰も正確な数を把握できないというとてつもないヒット作です。

しかしこの作品の真のすごみは、長さではなくその内容にあります。あまり読んだことのない人は「凄腕スナイパーの物語だろう」くらいに思っているかもしれませんが、この作品には、常に世界の政治・経済の最新情報が盛り込まれている。それもリアルタイムとも思えるほどのスピードで「現在の世界情勢のリアル」が描き込まれているんです。

以前、うちのバンドでギターを弾いている千聖と「絶対あれ、スパイいるだろ!」と盛り上がったことがあるんですが、本当にそう思えるくらいに現実に起きる事象と符号しているんです。

例えば、国際金融問題や資源戦争、食料戦争、民族紛争――。そうした世界で起きている事件・事象について、現実を入れ込みながらストーリーを構築している。「ゴルゴ13」は物語としての"旬"を決して逃すことがない。

119巻に載録されている、『白龍登り立つ』という回は1999~2000年頃に描かれた作品ですが、中国によるチベット弾圧が一般に認知されるよりも遙かに早く描かれている。一般紙でこうした問題が大きく取り扱われるようになったのは、北京オリンピックが開かれた2008年前後でしたから、10年近く前からその火種があったことをマンガというエンターテインメント作品のなかで取り上げた。

ではなぜそこまでリアルを追求できるのか。その秘密はさいとう・たかを(というよりも、さいとう・プロ)の制作体制にあります。さいとう・プロでは分業制を敷いていて、ストーリーは脚本家が書くという形態をとっています。それも最近の作画者と原作者をわけるような形ではなく、何人かの脚本家がチームに参加している。つまりその人数分だけ、ストーリーの広がりと深みが出せるのです。

さいとう・たかをは擬音発展の立役者でもある

無用ノ介(ワイド版) 1 (SPコミックス)
『無用ノ介(ワイド版) 1 (SPコミックス)』
さいとう たかを
リイド社
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それだけではありません。エンターテインメント作品としてのリアリティも追求していて、実はさいとう・たかをは、マンガにおける「擬音」を発展させた作家でもあるのです。マンガで初めて擬音を使ったのは手塚治虫だと言われていますが、さいとう・たかをは出世作である、「無用ノ介」で「ドスッ」という擬音を生み出したという話ですし、ZIPPOのライターの「シュボッ」という擬音は「ゴルゴ13』」から生まれたとも言われています。銃器を扱うときの「ガガガガガッ」、「チャキッ」、「ビシッ」などの擬音もさいとう・プロがあったからこそ、ここまで発展し一般化したとも言える。その脚本作りから擬音まで、さいとう・たかを(&さいとう・プロ)が追求したリアリティは、その作中の説得力に貢献しただけでなく、現代の多くのマンガに影響を与えたという意味でも"リアル"なのです。

「神は細部に宿る」という言葉があります。確かにディテールの描写はリアリズムに直結します。しかし「じゃりン子チエ」に描かれた世界観や、さいとう・たかをが広めた擬音には、単にディテールを描き込んだというだけでは説明しきれない「+α」がある。徹底して調べ尽くす山田芳裕や、これでもかというほど取材を行う山本英夫という作家の手法も、そうした「+α」を手に入れるための創作スタイルと言えるのかもしれません。

HAKUEI的「“リアル”を描くマンガ家たち」とは
一、「事実は現場にある」と信じて疑わないマンガ家である
一、徹底した調査による事実を、無限の妄想力で膨らませるマンガ家である
一、事実に「+α」を上積みできるマンガ家である
番外、1巻読んだだけで、リアリティを感じさせる力があるマンガ家である

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