第8回「そこにある“リアル”を描くマンガ家たち」

Page 3 "食の知"と"食の記憶"の異なるリアル――雁屋哲、はるき悦巳

“食の知”と“食の記憶”の異なるリアル――雁屋哲とはるき悦巳

美味しんぼ (1) (ビッグコミックス)
『美味しんぼ (1) (ビッグコミックス)』
雁屋 哲
小学館
524円(税込)
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前回、「往時のテンションを取り戻していただきたい」と書きましたが、一方でいまだに買い続けてしまう自分もいる。そんなやっかいな作品(笑)が、「美味しんぼ」(作・雁屋哲 画・花咲アキラ)です。最近の作風にある押しつけがましさは、エンターテインメントとしてはどうかと思うものの、本作の芯である"食の知"は相変わらず凝縮されている。最近のツアーで金沢に行ったとき、「ノドグロ食いてー」と喉を鳴らしてしまったのは、やっぱり84巻(内に載録された「日本全県味巡り 富山編」)のせいなんです。

「大人のための学習マンガ」としてはとても優秀なんですが、作者の思想の偏りを考えると子どもにはすすめられないし、そもそも"学習マンガ"を商業誌で連載するのはどうでしょうか......。しかも最近の作風で目につく"お説教"テイストは、読者とのコミュニケーションを放棄しているのではと思ってしまうほど。既存のファンはがんばってついて行くとしても、いまのままでは新規ファンへのハードルは高い。「読むヤツは読む!」「読みたくないヤツは読まんでいい」という初期の海原雄山のような姿勢ではなく、エンターテインメントとは、そしてマンガとは何かを考えてもらえれば、劇的に面白くなるはずの作品だと信じています。

ノスタルジーだけに終わらない“リアル”の凄み――「じゃりン子チエ」

じゃりン子チエ (1) (双葉文庫―名作シリーズ)
『じゃりン子チエ (1) (双葉文庫―名作シリーズ)』
はるき 悦巳
双葉社
617円(税込)
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「美味しんぼ」が頭から入ってくるマンガなら、食にまつわる"記憶"をハッキリと呼び覚ましてくれるマンガが「じゃりん子チエ」(はるき悦巳)。"食"をテーマにしたマンガではありませんが、なぜか生活のそばにある"食"がリアルに感じられるマンガです。

本作に登場する食べ物は関西の食べ物ばかり。最近でこそモツ鍋やホルモンが流行しているものの、僕が10代の頃といえば、身近にあった「ホルモン」はスーパーで売られていた『こてっちゃん』ぐらい。しかし本作に登場する、串に刺したホルモン焼きや、カルメラ(カルメ焼き)、そして本場大阪のお好み焼きなどには、激しく旨そうな雰囲気が漂っていました。「絶対アレは旨いはず。なんとか、アレが食べられないか」と子ども心をそそるリアリティがあったのです。

登場する食べ物があまりに旨そうだったから、子どもの頃、作中に登場するカルメラのレシピをマネて、焼いてみたことがあります。でも当時は重曹がどんなものだかわからずに、「ま、なくてもいいか」と作中で言うキザラ――ザラメと水だけをお玉に入れて火にかけたけど、当然膨らまない(笑)。作中に登場する「正しい作り方」に忠実に作ったという本連載の担当者も「何回も失敗した」と言うほどチャレンジしたようですし、マンガ友達の某週刊誌のデスクは「9巻に登場する、お好み焼きのレシピ通りに作ったことがある」とか。

なぜ誰もが「旨そう」に感じ、作るのか。それは登場するキャラクターや街の風景など、作中に描かれた世界に流れる"空気"にノスタルジーだけでなく、リアリティがあったから。アシスタントもほとんど使わず、ほとんど一人で作品を描き上げたからこそ、あれほど生々しい世界観が作り上げられたということなのかもしれません。

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