【今週はこれを読め! SF編】土地そのものとしての精霊、歴史の底から甦る異教の魅惑

文=牧眞司

  • いにしえの魔術 (ナイトランド叢書3-2)
  • 『いにしえの魔術 (ナイトランド叢書3-2)』
    アルジャーノン・ブラックウッド
    書苑新社
    2,592円(税込)
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 日本版オリジナル短篇集。「解説」で植草昌実さんが述べているように、ブラックウッドはイギリス怪奇幻想作家のなかでは、早い時期から知られた作家で、それなりの数の作品が邦訳されている。本書は、新訳2篇、初訳3篇、つごう5篇の構成だ。

 表題作「いにしえの魔術」はもっとも有名なブラックウッド作品といってよかろう。これまで何度も邦訳されている。タイミング良く上梓されたばかりの東雅夫編のテーマ・アンソロジー『猫のまぼろし、猫のまどわし』(創元推理文庫)に、西條八十の手による「古い魔術」が再録されているので、新訳版と読みくらべてみるのも一興だ。

「いにしえの魔術」はオカルト探偵ジョン・サイレンス博士ものの一篇だが、博士は事件に積極的に関与せず、事後的な聞き手・解釈者として登場するだけである。物語本体は、アーサー・ヴェジンなる男が北フランスを旅行中、ふとした気まぐれで降りたった小さな町での体験だ。急勾配の丘の上にわだかまるように広がる街区。丘のいただきには廃墟らしい寺院のふたつの塔があり、町全体に中世のたたずまいが色濃く残っていた。

 ヴェジンはわけもなくずるずると滞在してしまう。自分が旅行者であることを忘れ、その町に居心地の良さを感じてしまうのだ。ぼんやりと考えに耽っていると、夢のなかにいるようである。そのうち、喇叭や弦や木槌などを鳴らす音が聞こえてくる。人間がつくった音楽とは思えない調べだった。ひとの精神に作用する音楽は、ブラックウッド作品にしばしば用いられるモチーフだ。

 おののきながら魅せられていくそんな感覚。その中心にいるのはひとりの少女、ヴェジンが泊まっている宿の娘イルゼ嬢である。イルゼとその母親は、平凡な親子のはずだが、ある瞬間に威厳と気高さの雰囲気をまとう。イルゼ嬢はヴェジンがこの町に来たのは偶然ではなかったと語り、その言葉を聞いているうちにヴェジンは現実感を失っていく。そして目くるめく宴(サバト)がはじまる。

 あやかしに魅了される男という展開は、幻想小説の基本的な構図のひとつだが、ブラックウッド作品が特徴的なのは、男を引き寄せるのが土地そのものという点だ。ヴェジンとこの町は、彼の家系に関わる因果で結ばれている。そして、町そのものがひとつの生き物のように描写される。

「秘法伝授」ではアルプス山脈の谷間、「神の狼」ではカナダの原野、「獣の谷」ではスノウ川流域の森林地帯、「エジプトの奥底へ」ではエジプトと、舞台は作品ごとにさまざま。しかし、歴史の彼方からつづく超自然の躍動、あるいは異教の精髄が、その地を訪れた近代人を惹きつけていく展開は共通する。それが邪悪なものか聖性を帯びたものか、あるいはその両方か作品ごとに扱いかたに差はあるが、主人公たちは結末で日常へと帰還したのちも圧倒的なイニシエーションの影響を免れることはない。ブラックウッドのアニミズム的想像力が横溢した作品集。

(牧眞司)

  • 猫のまぼろし、猫のまどわし (創元推理文庫)
  • 『猫のまぼろし、猫のまどわし (創元推理文庫)』
    東京創元社
    994円(税込)
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