【今週はこれを読め! SF編】宇宙なんて手に入れたくない! 不本意ながら銀河帝国皇帝になったヒロイン

文=牧眞司

  • 星間帝国の皇女 ―ラスト・エンペロー― (ハヤカワ文庫SF)
  • 『星間帝国の皇女 ―ラスト・エンペロー― (ハヤカワ文庫SF)』
    ジョン・スコルジー
    早川書房
    1,253円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 銀河帝国という設定は、物語の背景としては繰り返し描かれてきたが、それを前面に押しだした作品はさほど多くない。そもそも星間にまたがり、往来どころか通信にもままならない広大なエリアを、統一的な政治機構で統治するのはおよそナンセンスに思われる。多くの銀河帝国ものがスケール感に乏しく、未来の物語どころか、現代・近代以前の歴史の焼き直しに陥るのもしかたがない。

 アシモフ《ファウンデーション》の水準を超えたのは、フランク・ハーバートの『デューン 砂の惑星』ぐらいだろう。アシモフが主にテクノロジーと外交的バランスで銀河帝国を描いたのに対し、ハーバートは政治的な面のほかに、ベネ・ゲセリットという秘術的な宗教機構、交通・物流・金融を握るギルドという精神=肉体の教育機関、そして異文化の極としての砂漠の民フレメンといった要素を加えて、設定に奥行きをもたらしている。

 本書『星間帝国の皇女』は、その『デューン』を意識して書かれたという。皇帝の世継ぎに公家(ハウス)の権謀術策が絡むというメインプロットは、なるほどそれっぽい。ただし、この作品にはハーバードのような神秘主義的色彩、異文化の匂いはまったくない。物語はアシモフ的な明快さで進行し、登場人物の行動原理も「欲」「権利」「自由」とわかりやすい。

 大きな状況としては、帝国の要ともいえるフローの崩壊がある。人類が星間にまたがる広大な版図を築きえたのは、フローという異次元フィールドの発見による。これは水脈のイメージであり、その道筋をたどれば瞬時に移動ができるのだ。フローの流れが変われば、いままで往き来できた場所が切り離されてしまう。帝国が"相互依存"を意味する「インターディペンデンシー」と呼ばれているのは、すべての星系が生存のために必要な物資を他の星系に依存することで、相互の結びつきと帝国全体のバランスがとれているからである。

 ところが、長らく安定していたフローに、異変の兆候があらわれていた。さいはての惑星エンドで研究を進め、フローの危機に気づいた物理学者ジェイミーズ・クレアモント伯が、皇帝へとメッセージを送ろうとするが、政敵であるノハマピータン家が横槍を入れてくる。

 いっぽう、皇家も難しい事態に直面していた。皇帝アタヴィオ六世が死の床にあり、娘のカーデニアがその座を引きつぐのだ。このタイミングで、政略的な駆け引きや混乱が起きていた。カーデニアにとってもっとも耐えがたいのは、政権安定のために結婚を押しつけられることだった。しかも、その候補というのが退屈きわまりない男アミット・ノハマピータンときている。

 銀河帝国という大時代な設定のわりには読みやすいのは、カーデニアの性格による。彼女は現代的な感覚と常識の持ち主であり、皇帝の座についたのも栄誉でも宿命でもなく、喩えていえば、ニューヨークの大企業に勤める若い女性社員が、まったく望んでもいない重要なポジションを急に任されたようなものなのである。くだらない権力争いに巻きこまれ、キモい男にくっつけられそうになり、ろくにプライバシーも確保できず、もーサイアク!

 カーデニアと並ぶヒロインが、五年船(ファイバー)を率いるキヴァ・ラゴスだ。海千山千の政治家やならず者を相手にしても一歩も引かない女傑で、何を言うにしても「ファック」「クソ」「ケツ」などの単語をさまざまなバリエーションで使いこなす。ジェイミーズ・クレアモント伯の息子マースが惑星エンドをひそかに脱出するのに、手を貸すのがキヴァである。

 個性的なキャラクターが鎬を削る物語は、スコルジーらしく起伏に富み、最後には敵役のノハマピータンがやっつけられるのだと予想がついても、読者を飽きさせるようなことはない。ストーリーの面白さに華を添えるのが、設定面に潜ませたふたつの「謎」である。

 ひとつは、インターディペンデンシーの起源。カーデニアは皇帝の座とともに、表立って語られることがない歴史へのアクセス権も継承したのだ。歴代の皇帝の人格はデータ化されて〈記憶の部屋〉で謁見ができる。初代皇帝で"預言者"と呼ばれたレイケラ一世は、カーデニアに驚くべき秘密を打ちあける。

 もうひとつは、フロー異変の詳細だ。異変は一瞬に起こるのではなく、時間をかけて進行する。ジェイミーズ・クレアモント伯が導きだした予想モデルは、マースに託された。この情報が人類社会の今後を左右するカギとなる。

 本書の物語は、フロー異変があらわれはじめた最初期に位置する。すでに続篇のThe Consuming Fireが昨秋に刊行されており、そこでは、惑星エンドがフローから切り離されて以降の時期が扱われる。スコルジーは最低でも三部作になると明言しているが、彼の代表作である《老人と宇宙(そら)》シリーズ同様、長く書きつがれることになるかもしれない。

(牧眞司)

« 前の記事牧眞司TOPバックナンバー次の記事 »