【今週はこれを読め! SF編】トリス、偽トリス、トリスタ、「自分である」ことの冒険

文=牧眞司

  • カッコーの歌
  • 『カッコーの歌』
    フランシス・ハーディング
    東京創元社
    3,564円(税込)
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 頭が痛い。意識が戻って最初に感じたのは、脳みそがひっかきまわされているような苦痛と、あと七日だよ、という笑い声だ。頭のなかで声がする。

 自分が誰かもわからなかったが、誰かに「トリス?」と呼びかけられて、少しずつ頭がはっきりしてくる。呼ぶ声は、頭のなかでなく、ベッドの横につきそう女のひとが発したものだ。ママ。お母さん。ということは、私はトリスなのだろう。いまは1920年。家族は両親と妹のペン、兄のセバスチャンは戦争で亡くなった。

 どうやらトリスはグリマーという沼に落ちたらしい。しかし、その前後の記憶がまったくない。両親の会話から察するに、父の知人の男が関与しているようだが、詳細はわからない。両親はトリスの体調を気にかけてくれるが、ペンは「ちがう! そいつは偽者だよ!」と、彼女を拒否する。

 ペンの不可解な態度以外にも、トリスを悩ますものがある。自分の日記帳が途中からビリビリに破り取られている。引き出しからヘアブラシ、写真、自分の名前を刺繍したハンカチがなくなっていた。そして、食べても食べても満腹にならない異常な食欲。ある晩、ついにがまんできなくなり、庭にある林檎の木になっている、熟れていない実から、熟しすぎて腐りはじめている実まで、手当たりしだいに口へ詰めこんだ。虫食いの実ならば虫ごと食べた。

 部屋に戻って、ドイツ製の人形を手に取れば、その口がぱかんと開いて「あんたはちがう」と呻き、小さな手でトリスを叩こうとする。たまらずに、人形を放り投げると、壁にぶつかってビスク焼きの顔が割れた。

 いったい何が起こっているのだろう。

 私は沼に落ちた後遺症で幻覚を見ているの? 何者かが私を悩ませるためにトリックを仕掛けている? 超自然的な何かが取り憑いている? それとも、私は本当のトリスではない?

 日常のなかで不協和音が急に鳴りはじめ、何もかもが疑わしくなっていく。眩むような戦慄を演出するハーディングの筆さばきは、見事というほかはない。視点人物の限られた視野のなか、超自然とも幻覚ともつかぬ光景がつぎつぎと映しだされる。

 鳥のようなものがトリスの両親へ届ける、謎の手紙の数々。両親はその封を切らず、ただ抽斗にしまうだけなのだ。トリスがこっそりと読んでみると、差出人は、なんと死んでいるはずの兄セバスチャンだった。

 妹のペンは、勝手に電話を使って誰かと連絡を取っている。しかし、交換手に問い合わせても、取り次いだ記録は残っていない。母に黙って出かけたペンのあとをトリスがつけて行くと、その先は映画館だった。館内の何もない空間に入口が忽然とあらわれ、その先の秘密の部屋で、ペンは建築家(アーキテクト)という男に面会する。言い争いのなか、男は言う。「あとほんの数日だ」。

 あと数日。これは、トリスが意識を取り戻したときに頭のなかで聞いた声の「あと七日だよ」と符合する。もう、あまり時間は残されていない。

 実際に何が起こっているか? そして、数日後に待ちうけているものは? これについては、これからお読みになる方のために、ここでは伏せておこう。

 この作品は「自分は誰だ?」というテーマを、いっぽうで幻想文学の書法として、もういっぽうで社会的構造の脈絡においてとらえ、両者を緊密な物語へと綯いあげていく。トリスとして語りはじめた主人公は、自分を元の----つまり沼に落ちる前の----トリスとは違う、偽トリスとして認識するようになり、それでも自分を押し流す大きな運命に必死の抵抗をしていく。彼女はアーキテクトの一味からも、両親からも逃れなければならない。つかまれば、偽者として処分されてしまうからだ。

 その主人公に対し、妹ペンはまず家族のなかでの反発者として登場する。しかし、アーキテクトの企みに気づき、本物の姉を取り戻すため、偽トリスと行動をともにするようになる。両親はそれを理解しようとはしない。ペンはわずか九歳だが、家族から逃げつづけるはめになる。

 そして、もうひとり重要な役割を果たすのが、兄の婚約者だったヴァイオレットだ。トリスの両親たちは彼女のことを、自分勝手で下品な娘と見なしている。セバスチャンから贈られた物を売り払い、女だてらにバイクを乗りまわしているからだ。しかし、第一次大戦による人出不足は、女性の労働者を必要とし、それは女性の社会的意識を向上させた。ヴァイオレットは、そうした新しい規範を主体的に選んだひとりだった。彼女が、逃亡する偽トリスとペンを手助けする。

 偽トリスは逃亡のなか、身分を隠すため、トリスタという新しい名前を手に入れる。フランス語で「悲しい」という意味だ。この意味をどう考えたらいいかわからない。でも、これは名前だ。自分だけの名前。ペンに「トリス」と呼ばれるたびに感じていたやましさや痛みはない。それに、偽トリスよりも何倍もいい。

 さて、問題は元のトリスの居場所だ。後半の物語は、トリスタとペンがアーキテクトや両親を出しぬいて、トリスを捜索する冒険として描かれる。その終着点で、トリスタはトリスへと戻るのか? だとしたら、それは消失か合一か? それとも、トリスタとして、別の人生が開けるのだろうか? 最後まで予断を許さない。

(牧眞司)

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