【今週はこれを読め! SF編】きらめく青春小説にして、時間と現実と創作とをめぐる問い直し

文=牧眞司

  • エンタングル:ガール (創元日本SF叢書)
  • 『エンタングル:ガール (創元日本SF叢書)』
    高島 雄哉
    東京創元社
    1,980円(税込)
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 サンライズ製作のSFアニメ『ゼーガペイン』のスピンオフ小説。ヒロインの守凪了子(カミナギリョーコ)、彼女の幼なじみ十凍京(ソゴルキョウ)は共通だが、小説版オリジナルの主要キャラクターも多く登場し、背景となる設定もいっそう深く練られている。

 物語中盤までは燦めく青春小説だ。舞浜南高校へ進学した了子は、子どものころから志していた映画監督への第一歩として映画研究部に入部する。初対面の部長、河能亨(カノウトオル)からいきなり「きみは映画監督になれない」と言われて面食らうものの(河能の発言は了子を侮辱する調子ではなく、のちにこの世界の成りたちに関わっていることが明らかになる)、その後は、部内外の協力を得てほぼ順調に自分の映画製作をつづけていく。了子が映画の題材に選んだのは、舞浜南高校に伝わる七不思議だ。

 映画製作のスタッフのなかでとくに頼りになるのは、撮影機器を自作しAI搭載のドローンを自在に操る天才、深谷天音(二年生)と、小説やシナリオの新人賞をいくつも獲っている飛山千帆(三年生)である。しかし、天音と千帆のあいだには確執があるようで、了子はギクシャクした空気をなんとかしようとするのだが事情を知らない下級生ゆえ、ふたりのあいだに踏みこめない。こうした青春期特有の距離感がとりにくい人間関係も、この物語の大切な要素だ。

 いっぽう、自主映画の製作は青春小説におあつらえむきの題材というだけではなく、SF的(あるいは思索的)テーマとも深く結びついているのだ。了子たちが撮影した映像は、天音が構築したVR書斎で編集をおこなう。そこで了子と天音はフィルムを手に取って、こんなやりとりをする。



「こんなふうに時間を見ることができたらいいのに」
「その発想は面白いね。物理学では、時間を空間に図示することはあっても、純粋な時間を描くことはできない」
(略)
「そういえば映画の絵コンテには、時間と空間どちらの情報も描き込みます」
「映画は世界を丸ごと写し取ろうとするからね。そして物理学はいまだ時空構造を詳(つまび)らかにしていない」



 物語後半からの怒濤の展開で、了子たちが生きている世界の驚くべき真相が明かされていくのだが、そのなかで「純粋な時間」「世界を丸ごと」がいかなることなのか改めて検討される。

 これからお読みになる読者の興をそぐことになるので詳しくは言えないのだが、『エンタングル:ガール』は時間SFでもあり、架空現実SFでもある。花澤香菜さん(アニメ版で了子を演じた声優でもある)が解説で「『ゼーガペイン』を知らずに初めて読む人は度肝を抜かれるだろうなと思います」とおっしゃっているが、掛け値なしだ。

 たんにサプライジングというだけでなく、現実のありように関わっている。了子と天音はそれまで生きていた「舞浜南高校の日常」とはまったく別の「外の世界」があることに気づくが、それによって「舞浜南高校の日常」がすべて無化されるわけではない。彼女たちは絶対的客観あるいは唯一の真実を選びうるのはなく、あくまで"半覚醒"でふたつのリアリティを引き受けなければならない。しかも、了子にとってのリアルと、天音にとってのリアルは、かならずしも一致するわけではないのだ。重なりあってはいるものの、細部で違いが生じる。

 SFのアイデア、架空の設定として読んで終わりではない。

 よく考えてみれば、私たちの生も「いままさに生きている日常」と「それとは別に進行している世界」の"半覚醒"にある。後者の世界が圧倒的な危機状況にあって、日常の人生がかりそめだとしても、ひとはなお創作(了子の場合は映画製作)に意味を見いだせるか? 『エンタングル:ガール』はそれをギリギリまで問いつづける。

(牧眞司)

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