【今週はこれを読め! SF編】有無を言わせぬ怒濤の展開! 正調ワイドスクリーン・バロック!

文=牧眞司

  • パラドックス・メン (竹書房文庫)
  • 『パラドックス・メン (竹書房文庫)』
    チャールズ・L. ハーネス
    竹書房
    990円(税込)
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 ブライアン・W・オールディスが激賞、この作品のために「ワイドスクリーン・バロック」なるサブジャンル呼称を提唱までした話題作がついに翻訳された。

 原型となる雑誌掲載版は1949年、単行本が1953年の刊行。以来、『パラドックス・メン』が英米でいかに評価されてきたかは、中村融さんの「訳者あとがき」に詳しい。そのなかから、あまりに有名なオールディスの評言を引こう。


時間と空間を手玉に取り、気の狂ったスズメバチのようにブンブン飛びまわる。機知に富み、深遠であると同時に軽薄なこの小説は、模倣者の大軍がとうてい模倣できないほど手ごわい代物であることを実証した。


 かつて東西対立のなか、西半球のあらゆる国がアメリカを盟主として団結し、新たな超大国のために表看板となる皇族が制度化され、それまで権勢を振るっていた裕福な家系がその座についた。しかし、やがて嫉妬深い成りあがりの宰相ヘイズ=ゴーントの謀略により、実権はこの男へと移ってしまう。

 そして2177年、未来のアメリカ帝国から物語がはじまる。

 ヘイズ=ゴーントはいま、東方連邦への奇襲を企てていた。ところが、側近の心理学者シェイ伯爵がこれに異を唱える。伯爵が抱える、元サーカス芸人の奴隷メガネット・マインド----この男はあらゆるネットワークに神経接続して膨大なデータを潜在意識によって処理する特殊技能を持つ----が、ふたつの「攻撃を延期しなければならない要因」を指摘したのだ。

 ひとつは、特定の星図の分析から得られた、「文明の未来を左右しかねないものがある」との予感(潜在意識によるものなので理由は不明)。

 もうひとつは、アラールという名の男だ。メガネット・マインドによれば、アラールはミュータントであり、本人はまだ自覚していないものの、大きな肉体的および精神的パワーを秘めている。それがいずれ、ヘイズ=ゴーントに仇なすであろう。

 星図についての予感はともかくとして、アラールはすぐに排除しなければならない。ヘイズ=ゴーントは保安大臣(バリバリの武闘派)ターモンドに命じ、アラールを捉えようとする。しかし、アラールの後見人であるふたりの教授、ジョン・ヘイヴンとマイカ・コリップスが身体を張ってそれを阻止。アラールは地下世界へ脱出する。

 必死の逃避行のなか、アラールはどこか見覚えのある男に助けられる。その顔を見たのはいっしゅんであり会話すらしなかったが、男の印象は忘れられない。


 そう、サーチライトがその顔をまともに照らしだしたとき、とうとう思いあたったのだ。前に何度も見たことがある。わずかにふくらんだ額、大きな黒い瞳、少女を思わせるような唇----そう、その顔をよく知っている。
 自分自身の顔だった。


 窮地を脱したアラールは、白いイヴニング・ガウンをまとった女に出迎えられる(彼女の意外な正体がのちほどわかる)。反体制的な〈結社〉の一員だという。実はアラールも〈結社〉のメンバーだった。そして、彼女のいささか強引な導きで、アラールは宮殿で催される仮面舞踏会に出席することになる。いきなり敵のお膝元へ乗りこむかたちだ。

 この目まぐるしく危機に見舞われる男アラールが、この作品の主人公である。彼には非常に奇妙な来歴があった。アラールというのは生まれついての名ではない。五年前、自分がだれかもわからずオハイオ川上流の岸辺を彷徨っているところを、ヘイヴンとコリップスに保護されたのだ(推定年齢は三十歳)。彼にはたぐい稀な知識欲があり、それを知った両教授からできるかぎりの教育機会が与えられ、大学に奉職するにまでなる。また、ヘイヴンとコリップスに共鳴し、体制から奴隷を解放する〈盗賊結社〉に参加。ほどなく腕利きの〈盗賊〉として目覚ましい活躍をはじめる。もちろん、こちらの側面は世間には知られていない。ヘイズ=ゴーントの右腕シェイ伯爵も、〈盗賊〉アラールに煮え湯を飲まされたひとりだ。

 記憶喪失の主人公、自分と瓜ふたつの男、教育者と義賊というふたつの顔、謎めいたヒロイン、欲にまみれた強権的な敵、地下世界への脱出、宮廷での仮面舞踏会......こうした設定・展開は、アレクサンドル・デュマ・ペールやウージェーヌ・シューの大衆小説を彷彿とさせる。なにしろ、この帝政アメリカでは長剣による決闘まで復活しているのだ(復活に至る経緯にSFのガジェットが絡んでいて面白い)。

 以上たどってきたように、物語の骨格は波瀾万丈の大衆小説的フォーマットを踏襲している。そこに絢爛豪華で奇想天外なアイディアをこれでもかと盛りこむことで、作品にスピード感と眩惑感を持たせるのが「ワイドスクリーン・バロック」たる面目だ。

 たとえば、一マイクログラム当たり四千京エルグ超のエネルギーが得られる超元素ミューリウム。もともとはキム・ケニコット・ミュールが太陽探査で発見したもので、当初はアメリシウムとキューリウムとの合成で得られたものだったが、その後、八千万度の条件下なら光子とエネルギー量子からも合成可能だと判明する。桁数の大きさがなんともいい感じのコケ威しだが、ロジックも怪しさ満点で堪らない。

 発見者ミュールは、新エネルギーを全世界の生活水準の底上げに資すことで、奴隷を解放しようと考える。しかし、ヘイズ=ゴーントがそれを阻んだ。ミュールは表舞台から姿を消し(生死不明)、残された妻ケイリスはヘイズ=ゴーントの魔手に落ちてしまう。

 ヘイズ=ゴーントがミューリウムを用いて成しとげようとしているのは、超光速宇宙船T-22だ。問題は加速時にかかる重力である。人間が耐えうるのはせいぜい十か十一Gとされているが、T-22はそれを遙かに超えてしまう。ただし、メガネット・マインドが唱える新説では、急速冷凍で細胞が保持されるように、超急峻の加速(瞬間的な数百G)ならば生命は無事だという。そこでさまざまな生物による実験がおこなわれるが、結果は予想を大きく超えるものだった。あるケースではサンプルは進化し、別なケースでは退化したのである。

 おいおい、進化/退化というのは世代を経て形質が変化していくことであって、個体の身に起こるものじゃないぜ!----というツッコミもあるでしょうが、まあまあ、ここは堪えて。本来の意味から逸脱した進化の用法は、A・E・ヴァン・ヴォクトゆずりの「問答無用に凄い」表象であって、それを鷹揚に受けとめるのもSFという文化である。

 さて、物語は仮面舞踏会のくだりまでで、全体の三分の一。舞踏会で一悶着あったおかげで、アラールは体制からだけではなく〈結社〉からも追われる身となる。行き場をなくした彼が向かったのは月だ。もちろん身分を偽ってのことだが、その段取りをつけたのは、どうやらメガネット・マインドらしい。

「ある人物が何を目論んでいるか」「その人物は味方か敵か」----そんな懐疑が、ストーリー進行にともなって幾度も持ちあがる。

 アラールは月で、メガネット・マインドが指摘していた「文明の未来を左右しかねないものがある」星図を調べ、瞠目すべき仮説を導きだす。そこからは怒濤の展開。全時空規模で輪廻する因果のなか、非アリストテレス哲学まで投入されて、登場人物たちの運命が翻弄される。読者はまるで濁流に翻弄される小舟のような気分で、無我夢中で物語にしがみつくしかない。場面転換が頻繁なのもヴァン・ヴォクトばりだ(そのきっかけとして、アラールがしばしば意識を失うのはご愛敬)。

 これだけひろげた風呂敷、どう畳むの? 結末やいかに。

(牧眞司)

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