【今週はこれを読め! SF編】激しい性のカタチ、遙かな愛のスガタ

文=牧眞司

 性を題材にした5作品を収録したSF短篇集。

 表題作「ピュア」が、飛びぬけた傑作。描きだされるイメージの強度、物語が惹起するテーマの鮮烈さが、ともに圧倒的だ。

 舞台となるのは、環境汚染による荒廃を経た未来。女たちは鱗の身体と強靱な牙を持って空に暮らし、ときおり地上に降りたち男たちと交わり、交わったのちはその相手を喰らう。生殖と捕食の盛宴は"狩り"と呼ばれる。女を突き動かす本能には、性欲と食欲とが分かちがたく結びついている。そして、それは人類の存続という大義のもと、社会常識として規範化・内面化されてしまう。

"狩り"に赴く若い女たちの感覚は、休日に連れだってショッピングに行く現代の女子高校生のようにカジュアルだ。「昔は女って大変だったんだねぇ。わたし、今の時代に生まれてよかったなぁ」などと言いあっている。彼女たちにとって、男を喰って子どもを産むのが、義務にして権利、そして栄誉なのだ。

 しかし、主人公のユミは仲間とは少し違う価値観を持っている。ひとりくらい生まない女がいてもいいではないか。ほかの誰もがやっていることを同じように繰り返すなんて、わたしはやりたくない。

 この作品は、現実の男性優位社会を大胆に転倒させるだけではなく、同調圧力によって支えられる全体主義のなかの「個」を捉えている。

 ユミはある"狩り"の夜、エイジという奇妙な男に出会う。エイジは「食べないでくれよ」と懇願する。死ぬのが苦しいからというのではなく、生きて成し遂げたたいことがある。エイジが抱えている秘密、それはユミがいままで想像したこともないものだった。

「ピュア」はアイデアと設定がハードコアなSFだが、ほかの収録作品は日常的な場面を舞台に人間関係の機微をキメ細かく描くことに重点をおいたものや、ファンタジイよりの設定のものもある。しかし、それはあくまで表層的な違いであり、短篇集全体を通じて一貫した印象を受ける。それは、マーガレット・アトウッドやオクテイヴィア・バトラーを髣髴とさせるシビアな認識と、ロマンチックな観念/情動とがみごとに並立していることだ。ここで言うロマンチックとは、定型的な(消費的に享受される)恋愛ではない。本質的な孤独の先にある他者との連続性への希求だ。

(牧眞司)

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