【今週はこれを読め! SF編】ハイテク汚濁都市にあらわれた神話的存在感を放つ女

文=牧眞司

  • 黒魚【クロウオ】都市 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5050)
  • 『黒魚【クロウオ】都市 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5050)』
    サム・J・ミラー,中村 融
    早川書房
    2,310円(税込)
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 作者サム・J・ミラーは2000年代に作家活動をはじめているが、本格始動は2012年。翌13年にシャーリイ・ジャクスン賞短篇部門を受賞、それ以降、いくつもの賞の候補になり、年刊傑作選収録の常連となっている。本書は2018年刊行の第二長篇で、ジョン・W・キャンベル・ジュニア記念賞を受賞した。

 甚大な海面上昇と激化した内戦(制御不能のマルウェア、寄生虫による感染媒介物がつぎつぎに生みだされた)によって、国家崩壊と大量難民が発生している未来。物語の舞台となるのは、北極圏の洋上都市クアナークだ。AI群による統治や、深海地熱によるエネルギー供給など、技術的には高度なインフラを持ちながら、甚大な格差や無法の横行など社会的歪みを抱えている。さらに、ブレイクスという奇妙な病気が流行していた。性感染症とも言われるが機序は不明。罹患すると、不随に他人の思考が流れこむようになり、身体にも異状をきたし多くは死に至る。

 複合的要因でズタズタになった自然・生活環境に、間に合わせのテクノロジーでパッチを貼った、ちぐはぐで不安定な世界。映画『ブレードランナー』の混沌景観や、パオロ・バチガルピの諸作設定に連なるイメージである。

 このクアナークへと、海から巨躯の女がやってくる。毛皮をまとい、セイウチの牙でできた柄の槍を持ち、シャチとホッキョクグマを伴って。彼女は「オルカマンサー(シャチ使い)」と呼ばれた。

 物語の序盤では、クアナークのひとびとはまるで都市伝説のようにオルカマンサーのことを噂する。それも無理はない、彼女は絶えず移動をつづけるため、実体がとらえられないのだ。しかも、冷たい海でシャチにまたがっている姿が目撃されたり、彼女を捉えようとした暴徒をあっさり打ち負かしたり、伝説の度合いがみるみる高まっていく。

 ハイテク汚濁都市クアナークと、神話的存在感を放つ女オルカマンサー。

 いっけんミスマッチのようだが、先まで読むと深い設定でつながっていることがわかる。

 さて、この物語には四人の視点人物がいる。大富豪の孫でブレイクスを発症した放蕩者フィル、政治家のもとで働くアンキット、プロファイターのカエフ、メッセンジャーとしてこの都市を軽やかに飛び回るソク。この四人の物語が並行して語られ、互いに接点がなさそうな四人が、じつは運命的なつながりで結びついていることが徐々に見えてくる。そのつながりにオルカマンサーもかかわっているのだ。こうした構成がなかなか巧い。

 さらに凝っているのが、四人の物語とは別に、ときおり〈地図のない町〉と題された章が挿入されることだ。客観的にクアナークを俯瞰した、いわば読者への「案内」「設定紹介」かと思いきや、そう単純ではない。これもまたひとつの主観的な物語であり、〈作者〉がなんらかの意図によって語っているようなのだ。クアナークのひとびとは〈作者〉の正体について、さまざまな憶測をする。機械だ、ボットだ、ネット上のマルウェアだ。匿名の集団によって書かれているという説もあり、陰謀論めいたことを唱える者もいる。

〈地図のない町〉の〈作者〉の正体こそ、『黒魚都市』のいちばんの謎であり、それが四人の視点人物の物語と結びついて、怒濤の結末が構成される。

(牧眞司)

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