【今週はこれを読め! エンタメ編】成長する家族の物語〜朝倉かすみ『乙女の家』

文=松井ゆかり

 さて、昨年8月より続いてきた当コーナーもこのたびめでたく第34回記念を迎えるわけだが(キリ悪いな)、同じ著者の小説を二度取り上げるのは朝倉かすみ氏が初めてである。なるべく偏りなくいろんな作家の作品を選ぼうと心がけてはいるのだが、おもしろいものはどんどんご紹介していきたいというのもまた事実。そしてこの『乙女の家』は、初の"再チョイス"とさせていただくにふさわしいファンキーな作品だ。

 主人公・若竹若菜はまあまあ一般的な高校生といっていいだろう。が、そうしたキャラのバックには往々にして大物が控えているものだ。彼女を取り囲む環境をひと言で言うとすれば"ザ・女系家族"。若菜の血縁を近い順から並べていくと、普通の家庭を維持しようと腐心するあまり、それが夫を追い詰める結果となってしまい現在別居中の母・あゆみ。高校生で妊娠し結婚の約束をしたものの、同い年の婚約者が暴走族のリーダーになるというのでさっさと身を引いたシングルマザーの祖母・洋子。身分違いの相手との内縁関係を貫いた曾祖母・和子。あまりに高濃度すぎて、乙女の家というより「レディースの家じゃねえの、これ」という気がしてくる。

 女子チームにくらべればやや地味だが、若菜の父(=あゆみの夫)なども、義理の母(=洋子)から「がきんちょおやじ」などと呼ばれる独特な存在感の持ち主だ(こんな小学生の悪口みたいなあだ名つけるものだろうか? 少なくとも私の母は婿をこのように悪し様に言ったことはなかったが)。さらには、ぼちぼち還暦という年齢になっても色気のある祖父(若手の職人からは「恰好いいなんて言葉じゃとても表しきれないほど恰好いい」と賞賛され、洋子からは「恰好だけの男だよ」と吐き捨てられる)や、男としての責任を取らなかった息子を認めようとしない曾祖父も、メリハリのきいたタイプ。そしてもうひとり忘れてはならないのが、若菜の友だちの高橋さんだ。似非インテリという自分の境遇を笑い飛ばすために家出を計画してみたり、現状に甘んじていてはいけないという危機感に突き動かされてバイトをしようとしてみたり、恋に恋してみたり。ああなんかこう、頭でっかちで理屈っぽく世間知らずなこの感じ、自分もかつてこんな"乙女"であったがゆえに、むずがゆくて直視するのが気恥ずかしい。

 と、ここまではキャラクター小説的な側面ばかりを強調してしまったが、もちろんそれだけの作品だったらみなさまにわざわざお薦めしない。本書を読んで胸を打たれるのは、人間はいくつになっても成長できるということが実感されるからだ。相手の幸せを祈って、けじめをつけるために、今よりよい自分になれるように、それぞれが一歩を踏み出してゆく。若菜も物語の初めには、"周囲から見ても自分の手応えとしても人物像が確立されていないことを憂慮して"というふわふわした動機から家出を決行しようとするが、次第に家族や友だちのために行動を起こすようになる。朝倉氏がいつもながらほんとうにうまいなと思うのは、若竹家にもうひとり家族である若菜の弟・誉を配置したことだと思う。それまであまりスポットが当たっていなかった誉が若菜と同様もしくはそれ以上に成長していたさまを描くことで、ベクトルは別方向ながら家族がお互いのことを思いやっていることが明らかになってくる。ひとりひとりの主張からにじみ出る温かみとおかしみによって、物語になんともいえない味わいが加わった。

 あともう一点、どうしても触れておきたいのは著者の笑いのセンスである。昨年12月にも本コーナーで著者のエッセイを賞賛したが(よろしければバックナンバーをご覧になってみてください)、今回は小説においてもそのセンスがふんだんに盛り込まれている。いや、「カックラキン大放送!!」のことなんて思い出したの何十年ぶりだろう(注:「カックラキン」は40年ほど前にテレビ放送されていたバラエティ番組)。洋子が熱を上げていたアイドルが野口五郎というところがまた絶妙。さすがにこの辺の感覚はリアルタイムで見ていた者でないとわかりづらいかもしれないが。そういった同時代性を差し引いてもなおキレのあるネタ感に満ちた文章となっているので、ぜひとも老若男女あらゆる方々にお楽しみいただければと思います。

(松井ゆかり)

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