【今週はこれを読め! エンタメ編】感動のシリーズ最終巻〜須賀しのぶ『夏は終わらない』

文=松井ゆかり

  • 夏は終わらない 雲は湧き、光あふれて (集英社オレンジ文庫)
  • 『夏は終わらない 雲は湧き、光あふれて (集英社オレンジ文庫)』
    須賀 しのぶ,河原 和音
    集英社
    594円(税込)
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 サブタイトルは「夏は終わらない」。イヤよ、終わって! 暑いの苦手なの! ...いや、高校球児だって暑いのがきらいな子もいるよな。それでも彼らはできる限り長く、地区大会で、甲子園で、野球をやっていたいんだよな...。と、野球を愛する若者たちの心に触れた気になる(だからといって、涼しくはならないが)。

 本書はシリーズ3作目。前2作はいずれも文庫本1冊に3編が収録されていたが、この作品は初の長編。おなじみ三ツ木高校の高校野球部員+監督の活躍が1冊まるまる楽しめる。この「雲は湧き、光あふれて」シリーズは、ぜひとも第1作から順を追ってお読みいただきたいと思う。彼らの成長がより胸に迫ることは間違いない。

 3作通しての主要人物である3年生エース・月谷に、彼とバッテリーを組む2年生キャッチャーの鈴江、さらには監督の生物教師・若杉などの視点から物語が語られる構成。同じ事件についても個人個人でさまざまに異なる心情が描き出されるので、お互いの言い分が食い違ってしまったりすることにも説得力が感じられる。立場や事情の違う人々の思いを丁寧にすくい取る著者の細やかさには、いつもながら感銘を受けずにいられない。

 三ツ木高校野球部は万年弱小扱いのチームだったが、エース月谷が入部したことで活気づき、野球経験がないながら熱心な監督の若杉が異動してきたことなどもあって、著しい成長を遂げてきた。昨年はそれに加えて、実力は並々でないものがあるにもかかわらず部を離れていた笛吹が戻ったこともあって、もしかして甲子園出場も現実的な目標かもしれないというレベルに。しかし、人間というのはほんとうに精神的なコンディションに左右されるもの。ピッチャーの球を受ける力が足りないと落ち込む、キャッチャーの力量を信じ切れないまま投げてしまう、格下の相手との対戦ではどうしても気のゆるみを払拭できない...。自信が持てずに悩み、人間関係に悩み、集中できずに悩む。若い頃って(まあ歳をとってもそうではあるが、特に)、人間は悩んでばかりだ。

 とはいえ、悩んでいる最中はもちろんつらいけれども、そういった経験ほど往々にして得難い思い出となるものでもある。三ツ木高校野球部の面々は、きっといくつになっても高校時代の3年間(若杉先生は監督として働いていた期間)を思い出して、悲しみや苦しみを乗り越える糧とすることだろう。先日何かのテレビ番組で、自分のオウンゴールが高校サッカー敗退の原因となってしまった部員に対して、監督が「(努力することで得たものの大切さは)適当にやってるやつには絶対に味わえない」(←正確な表現ではないかもしれませんが)と励ますシーンを見た。真っ先に思い浮かんだのが、その直前に読んだ本書の野球部員たちだった。どんなにつらくても一所懸命に打ち込んだり仲間たちと力を合わせたりした過去の記憶は、自分を支えてくれるものとなり得る。月谷や笛吹たちにとっての最後の夏、彼らが手にしたもののかけがえのなさに触れていただきたい。

 ここ3年、「雲は湧き、光あふれて」シリーズは私の夏のバイブルであった。月谷の高校生活の終わりがこのシリーズの終了でもあるということでさみしくてたまらない...と思っていたら、今月末に『夏の祈りは』(新潮文庫)が発売されるとのこと。著者のツイッターによると、こちらも高校野球ものだそう。7月下旬現在、著者のツイートの多くは野球に関する内容で、須賀さんの野球愛がびんびんに伝わってくる。その愛情でもって、今後とも野球小説を定期的に読ませていただけたらと願わずにはいられない(「雲は湧き〜」番外篇とかいかがでしょうか←未練を断ち切れません)。あ、それと『夏は終わらない』で、たったひとつだけ残念だったことが。それは月谷くんが、「きのこの山」と「たけのこの里」では「たけのこ」派だったこと(私は断然「きのこ」派です)。

(松井ゆかり)

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