【今週はこれを読め! エンタメ編】免許自主返納ドライバーの挑戦〜中澤日菜子『Team383』

文=松井ゆかり

 「人生五十年」の時代であれば、自分はもう完全に余生に突入している。しかし、現実には3人の息子たちはまだ誰ひとり社会人になっていないし、末っ子の三男に至ってはまだ高校生。同い年の夫とともに、とてもおちおち死んではいられない状況である。世の中では「終活」が話題になっているが、まだまだ自分の身に引きつけて考えられないというのが正直なところだ。そんな中で現時点で比較的身近な高齢者問題として気になっているのが、免許の返納問題である。私自身も運転をするので、果たしてその時が来たら自分の引き際を冷静に見極められるのであろうかという気持ちは、常に心にある。

 本書の登場人物たちは、私の約1.5倍の年齢にあたる5人。いまだ元気な彼らの共通点が"免許を自主返納した"ということなのだ。高齢者による自動車事故によって何人もの命が犠牲になっている昨今、彼らの決断は賞賛されるべきものであろう。しかし、返納した当人たちにとっては大きなショックとなっていることが、本書でも丁寧に描かれている。免許の返納を渋る人々の言い分として、一般的には「出かけるのに不自由」「自分の運転には何の問題もない」などといった意見が多いかと思う。例えば第1章の語り手である葉介も、元タクシー運転手で車の運転には自信を持っていたタイプだった。しかし、運転技術に衰えがみえてきたことが明白であるならば、いかなる理由があろうと事故の加害者になるリスクを冒してまで免許を持ち続ける根拠にはなり得ない。...そうはいっても、もはや自由に車を運転できないというさみしさはぬぐい去れない。そんな彼らが免許の代わりに手に入れたのが、自転車だったのである。

 小田山葉介(75)は、25歳でタクシー会社に就職した15年後に個人タクシー事業主となり、以来35年間優良ドライバーとしてやってきた。しかし、最近2度目の接触事故(電柱にバンパーを擦る程度のものだったが)を起こしたこともあって、息子たちの説得を受け入れ免許を返納した。その手続きの帰り道で、ときどき立ち寄るコンビニの店長・坂内菊雄(77)に声をかけられる。「ママチャリカップに出てみないか」と。

 ママチャリカップとは、毎年正月に富士スピードウェイで開かれる、文字通りママチャリを使った8時間耐久レースのこと(実際にある大会らしい)。「これからミーティング」ということで菊雄に引っぱっていかれた中華料理店『紅花亭』で待っていたのは、その店のオーナーかつチームリーダーの石塚紅子(78)、以前は大学で教鞭を執っていた鈴木比呂海(75)、そして謎の男・中原玄(78)だった。菊雄と葉介を加えて総勢5名、ようやく人数が揃ったと喜ぶ面々。まだ正式に加入すると決めたわけではないと葉介が二の足を踏んでいるところへ、入り口を開けて入ってきた紅子の孫・桜子。その面差しは、葉介の亡き妻・美千代の若い頃にそっくりだった...。

 そんなこんなで始動したのが、『チーム383(サンパチサン)』。チーム名の由来は、メンバー全員の年齢の合計だ(メンバーの名前の後にあるカッコの中の数字を足してみてください)。みなさまざまな思いを抱えて集まってきた者たちだが、紅子の発言が一般的な高齢者たちの気持ちをも代弁しているような気がしたので引用してみる。「そりゃ車の運転は危ないかもしんない。けどさ、だからってなんにもできないわけじゃない。車がだめでも、乗れるものはまだまだある、できることはいくらでもあるって、証明したかった」。

 「人生五十年」の時代であれば、私はもういつこの世から消えてもおかしくない年齢だ。だけどいまは現代、平均寿命くらいまで生きられるとすれば、あと35年くらい残りの人生があることになる。その35年を「明日死ぬかもしれないから」とだけ思って、すべてをあきらめて生きるのはもったいない(どんなに健康な人間であっても、明日死ぬ可能性はあるにしても)。少子高齢化がどんどん進むこの時代、本書を読んで勇気づけられる読者の割合も高くなる一方ではないだろうか。いや、レース出場へ向けて体力的にも精神的にも悪戦苦闘するメンバーたちにエールを送る読者は、高齢者だけではないだろう。仲間たちが悩み傷つきながら、時にはぶつかり合ったとしても助け合いつつ成長していくようなことは、あらゆる年代に起こり得ることだからだ。人生の終盤近くになってからでもチーム383みたいに友だち同士になれるのだったら、長生きしないと損だわ。

 著者の中澤日菜子さんは、もともとは演劇畑の人。慶應義塾大学在学中に『不等辺さんかく劇団』を旗揚げし、作・演出を務めるようになられたとのこと。小説家としては、2013年に「柿の木、枇杷も木」で第8回小説現代長編新人賞を受賞後、同作を『お父さんと伊藤さん』に改題して刊行。最近注目のテレビドラマ『PTAグランパ!』(この4月からNHKBSプレミアムにて、シーズン2が放送されていた)の原作者でもいらっしゃる。『PTAグランパ!』については、2016年6月29日の当コーナーでも取り上げさせていただいた(よろしければ、バックナンバーをお読みになってみてください)。笑いの中にときどきホロリとさせる作風は本書でも共通している(高齢者が主人公、というところも)。中澤本読んで、元気出していきましょうよ!

(松井ゆかり)

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