第86回:枡野浩一さん

作家の読書道 第86回:枡野浩一さん

口語調の短歌で、今の時代の人の気分を的確に表現し、圧倒的な人気を得ている枡野浩一さん。短歌以外にもエッセイや漫画評、小説などさまざまなジャンルで活躍、その世界を拡大させ続け、さらには膨大な知識量でも私たちを刺激してくれています。相当な読書家なのでは、と思ったら、ご本人はいきなり謙遜。しかしお話をうかがうと、意外な本の話、意外な読み方がどんどん出できました! 爆笑に次ぐ爆笑のインタビューをお楽しみください。

その2「忘れられた作家シリーズ」 (2/6)

ウホッホ探険隊 (朝日文庫)
『ウホッホ探険隊 (朝日文庫)』
干刈 あがた
朝日新聞社
605円(税込)
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シングル・セル (講談社文芸文庫)
『シングル・セル (講談社文芸文庫)』
増田 みず子
講談社
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葬儀の日 (河出文庫―BUNGEI Collection)
『葬儀の日 (河出文庫―BUNGEI Collection)』
松浦 理英子
河出書房新社
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限りなく透明に近いブルー (講談社文庫 む 3-1)
『限りなく透明に近いブルー (講談社文庫 む 3-1)』
村上 龍
講談社
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恋するスターダスト
『恋するスターダスト』
新井 千裕
講談社
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聖母少女〈上〉
『聖母少女〈上〉』
まきの えり
ケイエスエス
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ラブファイト 聖母少女(上) (講談社文庫)
『ラブファイト 聖母少女(上) (講談社文庫)』
まきの・えり
講談社
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新編 ぼくは12歳 (ちくま文庫)
『新編 ぼくは12歳 (ちくま文庫)』
岡 真史
筑摩書房
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枡野 : 今日は、「忘れたくない作家リスト」っていうのをメモってきました。昔大好きだったのに最近はあまり思いださない作家とか。昔は目立ってたのに最近見ない作家とか。

――おお、興味あります。いつ頃に読んだ作家さんたちですか。

枡野 : 高校から大学にかけてくらいですね。大学は半年くらいしか行っていませんが。いちばん読書家だったのは高校の頃です。まず、筆頭にあげたいのは干刈あがた。『ウホッホ探検隊』は映画化もされましたよね。シングルマザーの話です。大学で文学研究会に入ったんですが、そこでも大人気だったんです。干刈あがたと尾辻克彦が好き、という人が多くて、それで文研に入ったんですよ。結局、尾辻克彦=赤瀬川原平の講演会を先輩が企画して、それを手伝ったことが僕の大学生活のすべてでした。尾辻さんの作品は小説っぽくないんですよね。目に虫が入ったというだけで1編書いてしまうノリが新鮮でした。

――干刈さんは92年に49歳の若さで亡くなったんですよね。残念です。ほかには。

枡野 : 同時期に愛読していたのが増田みず子。代表作は『シングル・セル』かな。孤細胞、というような意味なんですが。あと『自殺志願』なんていうタイトルの作品もありました。理系作家ならではの切り口で、いつも孤独を描いていたんですよね。なのに、なんと結婚したんですよ! あのひとが結婚したというのが、大学時代いちばんショックだったことです。大学の図書館で文芸誌を読んで結婚を知って。その日のことは短歌にしたんですよ。〈暑すぎる図書館は冬「海燕」で増田みず子の結婚を知る〉。この歌は、歌人の岡井隆さんだけが食いついて、面白がってくれました。

――(爆笑)。

枡野 : 作家って、10年忘れられていても、急にまた出てきたりしますよね。増田みず子の本もしばらく出ていませんが、また出てくることもあるかなと思うんです。松浦理英子だって、忘れた頃に本を出してはヒットさせている。10代で書かれたデビュー作を含む最初の本『葬儀の日』は恐ろしくて、夢にも出ました。10代デビューといえば、峰原緑子という作家がいたんです。村上龍の『限りなく透明に近いブルー』とかの時代の人なんですけれど、10代で文學界新人賞をとっている。17歳で書いた作品が候補になって18歳で書いた作品が佳作になって19歳で書いた作品が受賞して、わりと評判になって芥川賞候補にもなった。でも文藝春秋という会社は新人に厳しくて、賞をとっても本が出せない新人は多いし、本になっても文庫にならない場合が多いんですよ。峰原緑子は、単行本は一冊出たけれど、もう一冊ぶんくらいは短編を雑誌に発表してるんです。それを図書館で探して読んで、「この人は今は書いてないんですか?」って、文春に問い合わせの電話をかけたりしました。親切に教えてくれたんですよ。今思うと、優しい編集部ですよね(笑)。

――もう書いてらっしゃらないんですね......。

枡野 : あと、大学時代に読んで忘れられない作家は、早稲田文学新人賞をとった安久昭男。受賞作のタイトルが「悲しいことなどないけれどさもしいことならどっこいあるさ」っていうんです。読んだことのないような小説で。みんなに一読をすすめていたんですが、本にならなかった。

――読んだことのない、というのはどういう部分が。

枡野 : んー、なんだろう。高橋源一郎をはじめて読んだ時みたいなショック。細部は忘れてしまいましたけど、いまだに似た作品を読んだことがない。とってもダメな主人公が出てきた気がします。筋は忘れました。また読み返してみたいですね、今。

――10代の頃、各新人賞をチェックされていたんですか。

枡野 : 図書館通いをしていたので。文芸誌って図書館にはたくさんあるから、ぱらぱらと見てタイトルが気になると読んでいました。『群像』の新人賞をとった、コピーライター出身の新井千裕も大好きです。『復活祭のためのレクイエム』がデビュー作。岩永嘉弘という、ネーミングで有名なコピーライターの事務所で、原田宗典の先輩だったんですよね。一番好きなのは『天国の水族館』かなあ。2年くらい前も『恋するスターダスト』という新刊を出しました。デビュー当時、書評家だった頃の馳星周〈当時は坂東齢人〉が褒めていて、吉本隆明も「凄いものを書きそうなのに一向に書かない作家」として名前をあげていた。デビュー作を高校の図書室の『群像』で読んだとき、大爆笑だったんですよ。遠藤周作とかが選考委員だったんですけれど、選評で「笑った」って書いてて。一読するとバカバカしい小説なんですけど、読み返すほどに哀しくなる。あえてたとえるなら、村上春樹と清水義範が合作をすることになり、星新一がプロデュースしたような小説なんです(笑)。村上春樹は苦手だけど、新井千裕は大好きです。あと高校時代といえば平中悠一! 17歳で書いた『"She's Rain"』で文藝賞を取った作家です。

――ああ、それって映画化されましたね。

枡野 : 『"She's Rain"』大好きだったんですけれど、今読み返すとまったく面白くない。昔好きだった本を読み返して面白く感じない、ということが滅多にないんですけれど、これはそういう本でした。10代にしか分からないものが書かれているんですよね。10代にしか聞こえない周波数の音があるのと一緒で。当時の自分にはとても必要で、今の自分には失われてしまっている何かがあると思うんです。神戸に住むお金持ちの若者たちの青春を描いているんですけどね。登場人物が着てる服はみんなブランドものだし、お父さんが大切にしてるイタリア製の自転車とか出てくるし。親の留守に友達とホームパーティやって、交代でピアノ弾いちゃう、みたいな感じの......。神戸なのに全部標準語なのも謎なんですけど。学校で好きな本を推薦する授業があった時、僕が薦めたのは平中悠一でした。

――映画化された作品の原作、というのもいろいろありそうです。

枡野 : まきの・えりさんがいますよ。早稲田文学新人賞を『プツン』で受賞して、そのあとひっそり書いた『聖母少女』が、最近になって映画『ラブファイト』という映画になって。本も『ラブファイト 聖母少女』というタイトルで、講談社文庫の新刊になってて、びっくりしました。作家っていつどんなきっかけでまた注目されるか分からないですよね。それもあって、今日はなるべく、忘れかけている作家の名前をあげようと思って来ました。

――勉強になります! しかし今読めないものが多いのが残念。

枡野 : 図書館にありますよ! そういえば大学時代は詩ばかり読んでいたんですが、小説家の引間徹も最初は詩人だったんです。詩人時代も好きでした。その後、小説家デビューして。『ダ・ヴィンチ』にも次に芥川賞をとるのはこの人だ、とか書いてあったんですけれど。最近新刊を見ないですよね。また書いてほしいです。時間が突然さかのぼりますけれど、忘れてはいけないのは、岡真史の『ぼくは12歳』。同年代の人には読んでいる人が多いんですけれど、12歳で自ら亡くなった少年の詩集です。僕と同い年の真心ブラザーズの桜井秀俊さんが(真心とは別のユニットで)、この詩集の「みちでバッタリ」という詩に曲をつけたものを歌っています。たしか矢野顕子さんも同じ詩を、別の曲で歌っていますよね。詩を熱心に読み始めたのは、あの詩集がきっかけかもしれない。

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