第86回:枡野浩一さん

作家の読書道 第86回:枡野浩一さん

口語調の短歌で、今の時代の人の気分を的確に表現し、圧倒的な人気を得ている枡野浩一さん。短歌以外にもエッセイや漫画評、小説などさまざまなジャンルで活躍、その世界を拡大させ続け、さらには膨大な知識量でも私たちを刺激してくれています。相当な読書家なのでは、と思ったら、ご本人はいきなり謙遜。しかしお話をうかがうと、意外な本の話、意外な読み方がどんどん出できました! 爆笑に次ぐ爆笑のインタビューをお楽しみください。

その3「ちょっぴり王道からずれた読書生活」 (3/6)

メランコリーの水脈 (講談社文芸文庫)
『メランコリーの水脈 (講談社文芸文庫)』
三浦 雅士
講談社
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走れ,タカハシ! (講談社文庫)
『走れ,タカハシ! (講談社文庫)』
村上 龍
講談社
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ファニーフェイスの死 (中公文庫)
『ファニーフェイスの死 (中公文庫)』
林 真理子
中央公論新社
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マイホーム・ソング―ひばりちゃんとうたうかあちゃん (Style‐F)
『マイホーム・ソング―ひばりちゃんとうたうかあちゃん (Style‐F)』
松野 大介
富士見書房
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サヤカ
『サヤカ』
松野 大介
マガジンハウス
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――星新一さんの流れで、SF作家の作品は多く読まれたのですか。

枡野 : サンリオSF文庫とかもいろいろ読んでいましたが、今はなんだか自分はその畑の人間ではないような気がして、あまり読んでいません。やっぱり日本のSFが好きでしたね。SF作家の石原藤夫が父の同僚で、子供の頃、同じ社宅に住んでたんですよ。SFはスペースオペラとかより、もっと身近な感じのものや、逆に奇妙な味のものが好きでした。たとえば式貴士とか。SF作家なのに血液型がAという珍しい人で。作品数もそんなにないから、全部読んだと思います。

――えっ、SF作家ってA型は少ないんですか。

枡野 : と、SF作家の本に書いてありましたよ。で、式貴士はいろいろ別名義を持っていて、間羊太郎名義で『知らないとそん500』という、子供向けの本を講談社から出してたんです。知らないとそん、つまり、知ってるとトクなことが書いてある本で。ものもらいができた時には、おへそに塩をつめろとか、結構あやしいことが書かれてあったけれど、僕は本気でやっていました。小鳥が病気になった時は......っていう項目なんかは、「小鳥は弱いもの。病気になったら、たいてい死んでしまうものです」みたいなことが書いてあった。マニアには有名な本らしくて、小谷野敦さんも小学生のころ愛読していたそうですから、多くの人にトラウマを残した本だといえますね。

――面白そうです、その本。

枡野 : SF作家のエッセイもよく読んでいました。小松左京、中島梓、新井素子...。SFの人のエッセイって、ものすごくひねくれているんですよ。それで、ある時ふと山田太一さんのエッセイを読んだら、あまりにも良識的なんで愕然としました。エッセイって、こんなにまともなことを書いてもいいんだ! って思ったくらいに、SF魂に毒されてて。

――気づいてよかったですねえ...。

枡野 : 大学の文学研究会では、文芸評論家の三浦雅士も人気がありました。『メランコリーの水脈』とか。菊地信義の装幀がきれいだったんですよね。当時の菊地信義は、吉本隆明や島田雅彦の装幀を手がけていた。背表紙の文字がぐにゃりと斜めになっていたりして、非常に目立ってたんですよ。菊地信義の装幀のせいで手に取った本、けっこうあったと思います。

――枡野さんの本の選び方ってマニアックなのかも。

枡野 : マニアックというか、あまり王道じゃないんです。有名な作家の作品でも、あんまり人気のない作品のほうが自分に合うみたいで。村上龍は『走れ!タカハシ』が一番好きだし、よしもとばななは、吉本ばなな時代の『Songs from Banana Note』っていう、シリアスなエッセイが一番好き。自分のまわりの人のことを書いていて、小説よりも小説みたいなんです。ご本人が気にいってないのか、文庫になってないんですよ。林真理子だと『ファニーフェイスの死』。ハッピーでないのにハッピーな世界などえがけません、と書き残して死んだCMディレクターとその時代を、女性の視点で描いた小説です。

――一通りメジャーな方も読んでいるわけですね。

枡野 : タレントが書いた本も読みます。僕の閻魔帳では(笑)、もっと注目されるべきなのは、利重剛や大竹まことの文章ですね。もうすっかり小説家のイメージあるさだまさしは、昔からライナーノーツに短編小説を書いたりしてたんですよ。岸田今日子も残酷でエッチな短編を書いてて、とてもムーミンの声優をやっていた人だとは思えない。漫画家は文章がうまい人が多くて、『バカドリル』のタナカカツキや天久聖一は、とにかく文才ありますよね。芸人だった松野大介も、小説家としてファンなんです。

――元ABブラザーズの人。

枡野 : 文学界新人賞の最終候補になって、山田詠美が絶賛したけど浅田彰が酷評して落選したという......。まあ、浅田彰とは合わないだろうけど、佳作くらいあげればよかったのに! 松野大介は最近も、劇団ひとりの帯文がついた、『マイホーム・ソング ひばりちゃんとうたうかあちゃん』という新刊を出してます。そういえばマガジンハウスも文庫を創刊したんだから、同社が単行本を出した松野大介の『サヤカ』という短編集をぜひ文庫化してほしいですね。自伝的短編集なんですが、いい意味でバカで、せつないんですよ。いわゆる小説家って、バカみたいでも本当にはバカじゃなかったりするけれど、松野大介には既存の小説家にはないメンタリティがあって。やけにマッチョなことを言うんですよ。「女っていうのは」とかって。斎藤美奈子さんが読んだらあきれそうな感じのことを。「男ってこうだろ」って。その「男」の中に僕は入っていませんけど、って言いたくなるような。やっぱり違うジャンルで活躍していた人が書く小説って、面白いと思います。劇作家の川村毅が書いた『ギッターズ』も好きでした。これは吉祥寺に実在した、万引き集団のリーダーを描いた青春小説なんです。そのリーダーはのちにミュージシャンになって、銀色夏生の本にも何度か登場してるんですよ。川村毅って当時、今の松尾スズキくらい勢いのある感じで。でも小説は書かなくなっちゃったみたいです。

――うーん残念。

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