第86回:枡野浩一さん

作家の読書道 第86回:枡野浩一さん

口語調の短歌で、今の時代の人の気分を的確に表現し、圧倒的な人気を得ている枡野浩一さん。短歌以外にもエッセイや漫画評、小説などさまざまなジャンルで活躍、その世界を拡大させ続け、さらには膨大な知識量でも私たちを刺激してくれています。相当な読書家なのでは、と思ったら、ご本人はいきなり謙遜。しかしお話をうかがうと、意外な本の話、意外な読み方がどんどん出できました! 爆笑に次ぐ爆笑のインタビューをお楽しみください。

その6「自作について」 (6/6)

淋しいのはお前だけじゃな
『淋しいのはお前だけじゃな』
枡野 浩一
集英社
411円(税込)
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電化製品列伝
『電化製品列伝』
長嶋 有
講談社
1,500円(税込)
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ストーリーメーカー 創作のための物語論 (アスキー新書 84)
『ストーリーメーカー 創作のための物語論 (アスキー新書 84)』
大塚 英志
アスキー・メディアワークス
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ショートソング (集英社文庫)
『ショートソング (集英社文庫)』
枡野 浩一
集英社
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800 (角川文庫)
『800 (角川文庫)』
川島 誠
角川書店
637円(税込)
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――さきほどショートショートからさらに短いものを、と短歌にたどり着いたとおっしゃっていましたが、短歌を作り始めたきっかけは。

枡野 : まあ、昔から替え歌を作るのが好きだったんですよね。きまったリズムに言葉をはめていく作業が好きでした。現代歌人も岡井隆の全集が図書館にあったから読んでいたし、寺山修司や石川啄木は知っていましたけど。図書館にSF作家の山尾悠子の『角砂糖の日』という歌集がたまたまあって、それは装幀がかっこよかった。1ページに1行しかない! 究極のスカスカ本としてあこがれていました。ブームの頃、俵万智も読んでいましたよ。『サラダ記念日』は母が刊行直後に見つけて買ってきて、うちにあるのは初版本なんです。読んですぐ、これは巧い、僕にはとても書けないと思った。ブームの頃は「こんなの誰でも書ける」って言う人もいましたけれど、そう思う人は才能がないんですよ。とても書けない、と思えたところが僕の才能(笑)。大学をやめてから一年間予備校に通ったんですが、短歌を始めたのはその時ですね。で、大学再受験に失敗して働き始めてしまったという、大変親不孝な経歴を持っています。替え歌が好きだったから雑誌の作詞コンテストに応募したら何度か入選して、そのへんから物を書き始めたんです。作詞の仕事も一時期ちょっとだけしていました。

――ショートショートはもう書かなかったんですか。

枡野 : 予備校時代は、時間がなかったんですよね。短歌なら満員電車の中で詠めるし。作詞も替え歌を作る要領で頭の中で組み立てられる。予備校時代に書いて、コンテストに入選した歌詞を今、連載中の小説『僕は運動おんち』の中に取り入れてリサイクルしてます。図書館で借りられるような、現代詩人のメジャーどころも読んでいましたよ。ねじめ正一、荒川洋治、伊藤比呂美、井坂洋子、榊原淳子、さとう三千魚、奥寺佐渡子......。現代詩を書いていたけど、後に違うジャンルにいった人たちが多かったかな。もちろん谷川俊太郎、茨木のり子、川崎洋とかも。ただ、難解な詩はちょっと分からないというか。図書館に置いてある『現代詩手帖』にいつも投稿してる人って、偏差値の高い高校に通っていて、卒業したら最高学府にいくような人ばかり、というイメージがありました。僕は劣等生で、インテリすぎる詩って分からないんですよ。短歌は、むしろプロになってから、たくさん読むようになりました。短歌の世界で当たり前にいいとされているものが、いいと思えないことが多いんですよね。岡井隆とか、塚本邦雄とか、極まってしまっている人の凄さは分かるんですけど。せめて自分は自分の価値観を表明しなくてはと思って、アマチュア歌人のアンソロジーである『ドラえもん短歌』を編んだり、加藤千恵や佐藤真由美といった新鋭歌人の本をプロデュースしたりしているんです。それが僕の読みたい歌集だから......。自分が記憶喪失になったとして、本屋で見かけたら好きになる本。20歳の自分が書店で発見して、喜ぶような本を作りたいと思う。

枡野さん写真

――『淋しいのはお前だけじゃな』のようなこだわりのある本を作るほか、吉祥寺のセレクトショップに移動式の枡野書店をおいたりという活動も。今まで名前があがっていた作品をおいていて、貴重なラインナップとなっていますね。

枡野 : ほとんどが僕の蔵書、古本なんですよね。大切な本なので、もし売れてしまったら、同じものを古本屋で買い足すようにしています。なるべく売れないように、定価を高く設定してるんです(笑)。二度と手に入らないような希少本は、並べるのを避けています。

――短歌用の細長い原稿用紙も作られている。これって文学フリマで売っていて、しかも1枚目に枡野さんの自筆の短歌が書かれたものは値段を下げていたとか。普通プレミアをつけますよ!

枡野 : これは長嶋有の『電化製品列伝』の装幀を手がけた、デザイナーの名久井直子さんに相談して細部を仕上げてもらったんです。正式名称は、枡野書店謹製「四十字詰原稿用紙」です。縦書きにも横書きにも使えるように、文字要素は一切いれませんでした。単行本や文庫本のオビにも使えるんです。奇特な原稿用紙メーカーが、量産したいと言ってくれないかな(笑)。僕が自筆で新作短歌を書いたやつの値段を下げたのは、直筆短歌をあえて「汚れ」扱いしてみたんです。汚れというのが卑下しすぎなら、短歌という「広告」をつけることで、定価を下げてみたんです。みんながその、細長くてかさばる原稿用紙を持ち帰ってくれれば、枡野浩一の短歌を通りすがりの人が見ることになるから。

――今連載している『僕は運動おんち』は、ご自身の高校が舞台ですか。

枡野 : 地名は明かさずに書いていますが、学校の校舎のつくりとかはそのままです。今、書きながら行き詰まると、小説の書き方の本を読んでいるんです。いっぱい読みました。

――本によって言ってることが違ったりしませんか。

枡野 : いちいち鵜呑みにしてますよ! 半分まできたら話を急転換させる、と書いてあれば、ああ転換しなくちゃと思ったり。起伏に富んだストーリーに興味がないんで、大塚英志の『ストーリーメーカー』も参考にしてます。運動ができない主人公は僕自身だけど、実話をそのまま書くと嘘くさくなるんです、できなさすぎて......。面白すぎて小説には書けないエピソードがいろいろある。順調に行けば、執筆は1月中に終わる予定です。平日のみ毎日更新の携帯サイト連載が終わったら、すぐに文庫オリジナルで刊行する予定です。

――『ショートソング』と同じ流れですね。

枡野 : 『ショートソング』、おかげさまで漫画化されたくらい売れたんですが......あれは本になってから、なかなか読み返せなくて。今年の半ばに、初めて読み返すことができました。

――えっ! 刊行されたのはもっと前ですよね。

枡野 : それくらい自信がなくて。あの本は連載スタート時、ふたりの書き手の合作だったんですよ。ところが、ひとりが途中でリタイアして、残りの90%を僕ひとりで書いたんです。川島誠の『800』っていう、僕が唯一好きなスポーツ小説があるんですが、あれはふたりの主人公の「語り」のトーンの書き分けがうまいんですよね。でも『ショートソング』は最初が合作だったから、ふたりの主人公の「語り」のトーンを統一してしまったんですよ。それで苦しむことになりました。自分は文章だけは得意だと思っていたのに、小説ってまた違う筋肉を使うんだと思い知らされた。1月にピュアフル文庫から出る『ピュアフル・アンソロジー 初恋。』に参加しているんですが、そこに載る「ジジジジ」っていう短編が、「初めて書きたいことをどうにか小説の形で書けた」と思った会心作です。

――ならば小説は自信がないという前言は撤回で!

枡野 : いやいや、かえって「あのような短編をまた書けと言われてもきっと書けない」って、自信を失いました(笑)。短歌は自信があるんですよ。どんなに悪口を言われても、「この作品の良さは、あなたたちには見えないでしょう」って思いますから。小説より短歌の仕事がしたいです。久々に短歌の作品集をまとめたいんですけど、小説の書き下ろしばかり依頼されるんです......。

(了)