第86回:枡野浩一さん

作家の読書道 第86回:枡野浩一さん

口語調の短歌で、今の時代の人の気分を的確に表現し、圧倒的な人気を得ている枡野浩一さん。短歌以外にもエッセイや漫画評、小説などさまざまなジャンルで活躍、その世界を拡大させ続け、さらには膨大な知識量でも私たちを刺激してくれています。相当な読書家なのでは、と思ったら、ご本人はいきなり謙遜。しかしお話をうかがうと、意外な本の話、意外な読み方がどんどん出できました! 爆笑に次ぐ爆笑のインタビューをお楽しみください。

その4「スカスカ本シリーズ」 (4/6)

海を感じる時 (新風舎文庫)
『海を感じる時 (新風舎文庫)』
中沢 けい
新風舎
711円(税込)
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ファザーファッカー (文春文庫)
『ファザーファッカー (文春文庫)』
内田 春菊
文藝春秋
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淋しいのはお前だけじゃな
『淋しいのはお前だけじゃな』
枡野 浩一
集英社
411円(税込)
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エイジ (新潮文庫)
『エイジ (新潮文庫)』
重松 清
新潮社
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newspaper version エイジ―1998 6.29~8.15
『newspaper version エイジ―1998 6.29~8.15』
重松 清,長谷川 集平
朝日新聞社
1,296円(税込)
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枡野 : そういえば一時、「活字スカスカ本」の研究をしていたんです。

――字間、行間がたっぷりとってある本のことですか。

枡野 : そうです。ずっとコレクションしてるんですよ。スカスカ本の女王は、初期の山田詠美で、最高峰は椎名桜子の『家族輪舞曲(ロンド)』。

――ああ! バブルの頃、処女作が刊行される前から大々的に宣伝されて注目を浴びた、あの。

枡野 : 2作目の『おいしい水』は、デビュー作よりも字が小さくなったなと思って読んでいたら、途中で字がでかくなるんです! 短編集ではないんですよ、ひと続きの話なのに。前半だけ先に印刷の準備をしていて、後半の文字量が足りなかったのか......謎です。僕の知る限り、椎名桜子の二冊が史上最高のスカスカ本ですね。紙も驚くほど分厚いから、2ページ重なってるのかと思って、指で何度もこすってしまうし。それなら小さいサイズの本にすればいいのに、当時は文芸作品は、四六判で出すということが権威づけとして必要だったんでしょう。スカスカ本のルーツは、中沢けいが18歳で書いたデビュー作『海を感じる時』。字の大きさは9ポイントっていう標準サイズなんですが、ありすぎる余白を罫線でごまかしているんですよ。中沢「けい」だけに罫線という駄洒落なのかとも思いました。あれがスカスカ本のあけぼの。「今すぐ本にしなくては!」と出版社があせったとき、スカスカ本は生まれがちです。漫画家だった山田詠美は、デビュー当時はこんなに書ける作家とは見なされてなくて、初期の何作かは全部スカスカ本なんですよ。女優の高橋洋子が書いて中央公論新人賞をとった『雨が好き』も、典型的なスカスカ本でした。私が定義する「最後のスカスカ本」は、漫画家でもある内田春菊の『ファザーファッカー』。あれ以降は、文字量の足りない文芸書は、小さいサイズとかで刊行されるようになりました。無理やり四六判にするという傾向は、少なくなりましたよね。文藝賞受賞作は今でも、少ない文字量の小説を1冊の本にしがちですが、スカスカ本の黄金時代は終わったと感じています。

――1ページあたり何文字×何行、とか数えるの好きですか。

枡野 : もちろんです! いつかは僕もスカスカ本を出したいって、情熱を持って数えていました。松尾スズキさんに以前、「枡野くんの本は文字数が少なくて、うらやましい」って言われたんですが。「はい、長年の夢が叶ったんです」と答えればよかったですね。

――『淋しいのはお前だけじゃな』ですね。

枡野 : あの本は、絶対、スカスカ本にしたかった。この文字量では本にならないって、何社にも、ことわられたんです。パラパラ漫画みたいな連続性のあるイラストをいれて、おトクな感じを醸し出してみました。だけどカラー印刷する予算はないから、モノクロで世界を構築できる人を探して......昔からファンだったミュージシャンのオオキトモユキさんにお願いしました。ハードカバーで出したときは売れなかったけれど、文庫になってからはかなり売れてるみたいで。夢を叶えるのには、長い時間が必要でした。

――字は大きくても、すごく丁寧に作られた1冊だと思います。

枡野 : 「こういう本が好き」っていう、理想とする本があるんですよね。長谷川集平という、重松清の『エイジ』が新聞連載されていた時に、挿絵を書いていた絵本作家がいるんです。『エイジ Newspepar version』という、新聞連載時の絵を全部収録したバージョンが出るほどのベテランなんですけれど、その長谷川集平に『夢の隣』という不思議な本があるんですよ。古本屋で見つけて大切にしてたんですが、僕よりももっと長谷川ファンの内田かずひろさん......漫画『ロダンのココロ』の作者ですけど、彼が「枡野さん、ください」って真剣に言うから、つい、あげてしまったんです。あの本こそ、僕が作りたい本のお手本ですね。全ページのレイアウトを変えていて、いろんな種類の夢を断片的に見せているような。たくさんの本のスクラップであるかのような一冊。今手元にないので、もう一度欲しいですね。ネットで探せば見つかるんだろうけれど、そうではなく、自分の足で出会いたくて。

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