第87回:山本文緒さん

作家の読書道 第87回:山本文緒さん

昨年6年ぶりの小説『アカペラ』を刊行し、長年の読み手たちを感涙させた山本文緒さん。男女問わず幅広い層に愛されている小説の巧者は、実は幼い頃はあまり活字の本にピンとこなかったのだとか。では、これまでにピンときた作品はというと? 人生で1番好きな本から、ブログ本まで、現在の文緒さんの血となり肉となっている作品たちが分かります。

その2「日常の光景を求める」 (2/6)

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――では、読む本は、お母さんお兄さん文庫からこっそり借りて。

山本 : おこづかいは全部漫画に使うので、本を買う余裕がなかったので。漫画を読むのに忙しいので、本を読む暇はあまりなかった。今もそうです(笑)。

――読むのは少女漫画ですか。

山本 : 少年漫画、青年漫画も面白いけれど、とっておきたいとまでは思わない。なぜなのか今朝考えてみたんですけれど、絵がきれいで登場人物のスタイルがよくて、センスのいいお洋服を着ていないと納得いかないんです。ファッションを見たいんですよね。昔の、私が15歳くらいだった頃の漫画の復刻版を見ると、70年代のすごく格好いい洋服を着ているんです。今見ても素敵だなと思う。最近では、洋服を見るなら西村しのぶ先生。南Q太さんの絵も、Tシャツ1枚のシンプルな服装でも格好いいですね。

――もちろん、ストーリーも大切ですよね。好きなテイストはあったのでしょうか。

山本 : ジャンル問わず、だったのですが、シーンシーンんがキレイで格好いいというか...味というか。活字で読むものも、そういうところに反応しますね。ミステリのように組み立てで読ませるのなく、シーンで読ませるもの。例えば村上春樹さんの、今日は用事をすませるからといってアイロンがけをしたりパスタを茹でたり、クリーニング屋に服を取りに行くというシーン。

――ああ、ドラマティックな場面ではなく、ごく日常の光景を。

山本 : どんなものを着ているか、どんな天気なのか、どのように風が気持ちいいのか。身近なことが書かれているものをどこかで求めていたんですよね。それで出合ったのが村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』、そしてそのすぐ後に、片岡義男さん。高校3年生の時に片岡さんを知ったのは覚えていますね。

――では、中学の時にSFを読んでから高校3年生になるまで、ほかに面白かった本はありませんでしたか。

山本 : 家にあったのでクリスティーは読みましたけれど...。犯人が分かっても、フーンって感じで。ただ、高校生時代は図書室に行くようになりました。本を読みたいわけではなく、教室の中がワサワサとしていて、うるさくてうるさくて。浮かないように適当に合わせるのが面倒になると、図書室に行く。ただ黙って座っていられる場所ですから。図書室でタイトルを見てなんだろうと思って手にとったのが、村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』でした。芥川賞というのは立派な賞らしい、と漠然と思っていて、そのイメージとこれが芥川賞受賞作品だということがつながらなかった。そうか、文字というのはこういうものでいいのか、家にあるのは文学とは違うんだ、と思いました。それと江藤淳さんの『夜の紅茶』という随筆集があって、それもタイトルがいい感じだと思って読みました。生まれてはじめて大人の随筆というものを読んで、ウットリとしましたね。家にはなかったタイプの本でしたし、こういうものをもっと読みたいと思ったんです。

――そこから読書傾向は変わっていったのですか。

山本 : 家にあるものを読むのはやめよう、って(笑)。いえ、絶対に読まないということではないんですけれど、家の本棚で探すばかり、というのはやめよう、と。大学に入ってからは部室に文庫が積んであったので、それを読みました。落研だったんです。部室が和室で、コタツが置いてあって、誰かの下宿みたいな状態で。行くとコタツに入ってダラダラ本を読んでいました。その中に片岡さんの本もありましたね。『味噌汁は朝のブルース』、『人生は野菜スープ』...。タイトルがしゃれていて楽しかったですね。今読み返すと、結構ひどい話だったりする。自分の彼女を美人局のように、友達に3万で売ってそれで新しい靴を買うとか。それが"オッシャレ~"に書いてあった(笑)。大人だなあと思いました。

――ああ、ちょうど片岡さんブームの頃では。

山本 : そうです、ものすごく。

――そして気になるのが落研だった、ということですが。

山本 : 勧誘されたので。興味がないこともなくて、まあ面白いかな、というくらい。男の人が多いので、部室にはよろしくない本もいっぱいあって、それもへーって思いながら読んでいました。世界が開けましたね。『宝島』を見つけたんです。そこに「ANO・ANO(アノ・アノ)」という、一世を風靡したエッセイがありまして。女の子があけすけにシモの話をする、下世話なエッセイです。親にがっちりしこまれた、品行方正な世界から放たれましたね(笑)。雑誌ってすごいなって思ったんです。こういうものから、親は私を守っていたんだなって気づきました。でも残念でした、娘は知ってしまいました(笑)。大学なんかにやるもんじゃないなっていう。

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――では大学時代の読書は、主に部室で。

山本 : 部室で拾った遠藤周作さん、佐藤愛子さん、北杜夫さんも読みました。あと高野悦子さんの『二十歳の原点』が落ちていたんですよね。全共闘世代の人で、自殺された方で。それが結構衝撃的でした。それと、早稲田に在籍されていた人が書いた『もう頬づえはつかない』もカルチャーショックでしたね。続いて『ダイヤモンドは傷つかない』。それがとてもとても好きで、何度も何度も読み返して、それをベースに何かを書こうとずうっと思っていて、実現したのが『恋愛中毒』だったんです。ダメな先生に翻弄される話だったので。

――おお。1冊の本が、ずっと心の中にあったんですね。

山本 : 本はたくさんは読まないけれど、ひとつを何度も繰り返し読むほうなんです。

――学生時代は、ご自身で書くことはしませんでしたか。

山本 : 全然。それより漫画家になりたかったんですよね。ストーリーは思いつくけれど、投稿しようとしても絵が描けない。18歳くらいの時点で、私は漫画家になれないんだ、とすべての人生を諦めたところがありましたね。OLになって結婚して子供を二人産んで、平凡に生きていこう、って。人生が漫画家か否か、だったんですね。

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