第87回:山本文緒さん

作家の読書道 第87回:山本文緒さん

昨年6年ぶりの小説『アカペラ』を刊行し、長年の読み手たちを感涙させた山本文緒さん。男女問わず幅広い層に愛されている小説の巧者は、実は幼い頃はあまり活字の本にピンとこなかったのだとか。では、これまでにピンときた作品はというと? 人生で1番好きな本から、ブログ本まで、現在の文緒さんの血となり肉となっている作品たちが分かります。

その4「字で読む少女漫画を書こうと思った」 (4/6)

――小説を書くきっかけは。

山本 : 普通に会社で事務をやっていまして、一人暮らしはしたいけれど、お給料は安い。副業したいと思ったとき、そうだ、少女漫画は描けなかったけれど、字で読む少女漫画はできる、と思ったんです。それで『公募ガイド』を見たら、少女小説が流行っているところだったので、これだ、と思いました。

――じゃあ、それまでコバルト関連は読んでいなかったのですか。

山本 : それではじめて読んで、こんな世界があるのかとビックリしました。それで、投稿するにあたって、小説をどう書いたらいいのか分からなくて、まず読もう、と思って。存在すら知らなかった文芸誌も読むようになりました。いわゆる現代作家の短編を読んで、なんて面白いんだろうと思いましたね。ただ、文芸誌に載っている作品の中での面白いものとピンとこないものパーセンテージと、少女小説の雑誌に載っている作品の面白いものとピンとこないもののパーセンテージが同じなので、何を読んでも一緒なんだと発見しました。1/4は面白くて、3/4はそうでもない。その1/4に食い込むのはなんて大変なことだろう、と思いました。

――文芸誌に応募しようとは考えませんでしたか。

山本 : 順番として、1回『コバルト』に出して、その後に『群像』に出して...と考えていたんです。『コバルト』でひっかかってよかったです(笑)。純文学の編集者に「文学とはこういうものだ」なんて言われたら、萎縮して書けなかったと思う。

――でははじめて投稿したのが、コバルト・ノベル大賞の佳作を受賞した「プレミアム・プールの日々」だったんですね。

山本 : 受賞してすぐ会社辞めちゃいました(笑)。すっごく引き止められました。短編で賞を取ったくらいで作家になれる訳じゃないといわれましたね。そのとおりなんですけれど、本当に嫌々勤めていたんだな、と自分でも思いました。

――では生活がすっかり変わったでしょう。

山本 : 短期のアルバイトもしました。でも当時『コバルト』は年4冊も出していたので、そこに書いていると、まあ食べてはいけましたね。

――デビューしてすぐ、そんなに書けるものですか。

山本 : 下手でもなんでもいいからとにかく枚数分書いて渡すんです。もちろん直されます。直してくださった編集者が優秀で、感謝しています。

――小説は読み続けていましたか。

山本 : 藁をもすがる思いで読みました。小説を書こうとしたときに、まったく蓄積がないので。小説の歴史を知るのではなく、即、身になるようなものを読もうとしていました。案外しぶい作品を読みましたね。図書館に行って、タイトルでフックがあるものを選ぶ。ハマったのは増田みず子さん、伊井直行さん、色川武大さん、ミステリでは岡嶋二人さん、北村薫さん。

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――シーンシーンを堪能する、という読み方は変わりましたか。

山本 : 基本的には変わっていないと思います。あとはとぼけた言い回しなんかが気になったり。タイトルで印象に残ったのは増田みず子さんなら『降水確率』、伊井直行さんなら『雷山からの下山』、色川武大さんなら『明日泣く』。『明日泣く』はいいタイトルだなっと思って読んでみたら「そんな生活をしていると、いずれ泣きを見るぞ」という意味だったんです。それはいいと思って、その後、自分の本に『きっと、君は泣く』というタイトルをつけました。

――今、そうじゃないかと思いました(笑)。

山本 : 花村萬月さんの『笑う山崎』というタイトルも印象的でしたね。岡嶋二人さんは平べったく書割っぽくなく、生の人間が書けているなあと思って、好きでした。北村薫さんは円紫師匠のシリーズの表紙の絵が高野文子さんだったのでジャケ買いして、読んでなんて面白いんだろうと思って。ミステリって面白いんだ、とやっとそのあたりで気づきました。

――その後、『パイナップルの彼方』から、読者層をもっと上に設定した作品にシフトしていきましたね。

山本 : もともと少女小説がどうしてもやりたかったわけではないので、少女小説が売れなくなってきた頃に、違うタイプのものをやりたいなと思ったんです。そのときにちょうど一般文芸を出さないかと声をかけていただきました。当時はよしもとばななさんが大活躍されていて、私もそういうものが書けたらいいなと思ったし、純文学の短編は好きだったので、やりたいと思いました。

――読者層が変わることで、書き手の意識も変わるのでしょうか。

山本 : 少女小説は、最初のうちは高校生以下の女の子が対象だったのが、だんだん読者の年齢が下がって、中学生以下、と言われるようになっていて。自分が年を重ねると苦しくなってくるんですよね。どうせ書くなら同年代、せめて20代の人のことを書きたい、と思っていました。今もそう思っていますから、書きたい年と思う世代の年齢も、どんどん高くなってくる。男性読者のことは今でも考えたこともないし、意識していません。

――あ、今、私の隣にいる本の雑誌社の営業、杉江氏(男性)がガックリしたようです。山本さんファンなのに。

杉江 : (ションボリ)

山本 : すみません。意外と、男性読者も多いんです。

杉江 : うちの北上次郎もそうですし。

山本 : 最初に書評で褒めてくださったんですよね。えっ、なんで、って驚きましたけれど(笑)。でも、ここまでやってこれたのは北上さんのおかげでもあります。褒めてもらえなかったら、続けられなかったと思います。

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