第93回:佐藤友哉さん

作家の読書道 第93回:佐藤友哉さん

19歳の時に書いた作品でメフィスト賞を受賞、ミステリーの気鋭としてデビューし、その後文芸誌でも作品を発表、『1000の小説とバックベアード』で三島由紀夫賞を受賞した佐藤友哉さん。もうすぐ作家生活10周年を迎える佐藤さんの、「ミジンコライフ」時代とは? 小説家を志したきっかけ、作家生活の中で考え続けていること、その中で読んできた本たちについて、ユーモアたっぷりに語ってくださいました。

その4「デビュー後の焦燥感」 (4/6)

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――デビューし、「戦慄の十九歳」と言われ、その後生活は変わりましたか。

佐藤 : 今は「戦慄の二十八歳」ですけれど(笑)。太田さんとの打ち合わせで、仕事をやめるんじゃないよ、本は出してもアルバイトは継続して、その中で書いたほうがいいです、と言われたのでその通りにしていましたし、デビューして本が出て、当時の自分としては大きなお金は入ってきましたが、本が売れていないというのは知っているので、「デビュー決定」→「バラ色の人生」というプランは早々からくじかれました。本を出す喜びは今以上にあったんですけれど、意識がすごく明るくなったということもないし、バイトもやめていないし、北海道からも出ていないから、生活環境が変わったということは一切なかったです。

――その後立て続けに本を出されていますよね。『フリッカー式』で青春汁を出し切ったというのに。

佐藤 : 自分でも1年間に4冊もよく書けたなあと思います。しかもバイトしながら。デビュー直後のハイテンションだったから書けたんですね。それと、講談社ノベルスはサイクルがとても早いので、急いで書かないと埋もれてしまうし、僕がデビューした後から若い作家がどんどん出てきて、20歳、21歳は珍しくなくなって。その焦燥感もあったと思います。

――読書生活に関しては。

佐藤 : デビューした後に打ち合わせを兼ねて東京に一回おいで、と言われ、講談社に行きました。その時に、僕の読書の貧しさに愕然とした太田さんが、大きな書店に僕を連れていき、印税を持っているんだから本を買え、と次々選んでくれまして。太田さんが僕と同じ年頃に読んで面白かったもの、聴いていたものが大部分だったんでしょうね。持って帰れないほど大量になって、段ボール箱に詰めて郵送してもらいました。今の僕に通じるもので、講談社ノベルスでも角川ホラー文庫でもないものはすべて、その段ボール箱に詰め込まれている気がします。文学も、昔の漫画も、外国のミュージシャンのCDも。なんだか太田さんの青春が詰まっているって気もしますが、青春を継承させてもらえるのも、年上のお兄さんがいなかった自分としては面白い経験でした。学生時代に読んだ本だけ、自分の想像力だけに頼っていたらダメだということは1作2作書いた段階ではもう分かっていましたから、助かりました。

――具体的にはどんな作品が入っていたのですか。

佐藤 : 印象に残っているのは、ポール・オースターのニューヨーク三部作(『シティ・オブ・グラス』、『幽霊たち』、『鍵のかかった部屋』)や『ムーン・パレス』で、これから自分も苦労するであろう仕事という概念を学びました。あと太宰治もその時に買いました。太宰って面白いんだな、歴史に残るだけあるな、と上から目線で読みました(笑)。確かに思春期に太宰さんを読んでいたら、文学の方に行って新潮新人賞に送っていたとしても不思議じゃなかったですね。でも青春小説は出合いが肝心で、もうその時は作家デビューしていたので、そっち側に行くことはないなと思いました。後に、文学の仕事をするとは当時はまったく思っていなかったので、面白いけれど自分の人生とは関係ないなと結論づけていました。

――ところで、たまに翻訳小説が苦手だという人もいるんですが、佐藤さんは抵抗がなかったんですね。

佐藤 : ありますよ。クイーンが読めない。偉いミステリ作家が、クイーンやポーを読まない奴は本格を分かってない、というので古本屋さんで買って読んだら、本当の意味で何が書かれてあるの分かりませんでした。気づいたら死んでた! 気づいたら探偵が解決してた! という感じで。たぶん訳が古かったんだと思うんです。そこで翻訳アレルギーにはなったんですが、サリンジャーの野崎孝さんの訳と、オースターの柴田元幸さんの訳は、違和感なくするっと入りました。なので、海外小説でも柴田さん訳なら読んでみようと思ったり、野崎さんは『華麗なるギャツビー』も訳しているのか、と手をのばしてみたり、レーベルではなく、作家や翻訳家で本を選ぶようになりました。デビューした後でようやく、一般的な読書レベルに達したわけです。

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――東京に越してきたきっかけは何かあったのですか。

佐藤 : 22歳の時には東京に住んでいました。本が売れていなくて、売れなかったら本が出ない、本が出ないということは仕事がない、仕事がないということはミジンコライフに逆戻りだ、という状態でした。それもこれも全部読者の読者のせいだ、死ね! という4作目の小説(『クリスマス・テロル invisible×inventor』)を書いた直後に、偶然か必然か文芸誌の『新潮』や『群像』から声をかけていただいて。東浩紀さんがご自身のホームページで僕の小説を褒めてくださったのと、舞城王太郎さんが文学への道を切り開かれていたことが大きかったと思います。舞城さんがいるから、今の作家はこうして文学の世界に普通に行けるようになったと思うんですよ。僕よりほんの数回前にメフィスト賞を受賞された方がそういうことをやってくれたというのがあったから、その流れに乗っけてもらうことができたと思っています。それで文芸誌から小説の依頼がやってきました。その頃は、講談社ノベルスでサクサクと小説を刊行できる状態ではなく、太田さんも歯がゆく思っていて、それで1回外を回ってきなさいと言ってくださいました。文学という未知の世界で知らない編集者の方に担当してもらうとなると、そうそう北海道に来てくれることもないし、自分が東京に根城を持って密に話をしないと文学は書けないとも思い、上京しました。作家になって1年もしないうちに今後が厳しいと言われて、叶った夢がこのまま終わるのは嫌だ、という気持ちもありましたしね。

――当時は怒りや理不尽な気持ちも強かったんでしょうね。

佐藤 : 呪詛しかなかったですね。でも、上京直前に東京で、大塚英志さんが第1回文学フリマを主催されまして、そこに参加して自分たちで販売したんです。『クリスマス・テロル』を出したばかりの頃で、それを読んだ読者の方から、「本当に終わっちゃうんですか」とか「頑張ってください」とか、いろいろと応援をくださいまして。「読者はいたんだね、死ねなんて言ってごめん、君たち以外の奴は死ねと言うべきだったよ」と思いました。

――その時文学フリマに出した同人誌に、『灰色のダイエットコカコーラ』の表題作が掲載されたそうですね。タイトルは中上健次の『灰色のコカコーラ』からきていると分かりますが。

佐藤 : 文学の世界でも今までのように自由に書きたいという気持ちと、上京という、自分の体が大きく動く状況にある現状を踏まえた小説を書きたいと思っていた時に、『新潮』編集長の矢野優さんが文学に来るにあたってのプレゼントとして、CDと本をひとつずつくださいまして、その本というのが中上健次全集の第一巻で、そこに収録されていた『灰色のコカコーラ』が、そうした気持ちとすごく合ったので使いました。秋幸サーガ(『岬』、『枯木灘』、『地の果て 至上の時』)に行くのは、その後でしたね。

――上京してからの生活はいかがでしたか。

佐藤 : 講談社ノベルスが売れなくてやさぐれてましたよ。

――佐藤さんがやさぐれると、どうなるんですか。ヤケ酒というイメージはないし。

佐藤 : 僕はダメな無頼派なんです。べにょ~んとなります。だらーっとして、お酒を飲んでもぶっ倒れる。無頼派なのに全然カッコよくないんです。つまり無頼派じゃない(笑)。

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