第93回:佐藤友哉さん

作家の読書道 第93回:佐藤友哉さん

19歳の時に書いた作品でメフィスト賞を受賞、ミステリーの気鋭としてデビューし、その後文芸誌でも作品を発表、『1000の小説とバックベアード』で三島由紀夫賞を受賞した佐藤友哉さん。もうすぐ作家生活10周年を迎える佐藤さんの、「ミジンコライフ」時代とは? 小説家を志したきっかけ、作家生活の中で考え続けていること、その中で読んできた本たちについて、ユーモアたっぷりに語ってくださいました。

その5「ジャンルの横断について」 (5/6)

――文芸からの依頼はどうなったんです。

佐藤 : 文学をほとんど読んだことがないので、書けませんと最初に言いました。その時に矢野さんが「そんなこと気にしなくていい、「鏡家サーガ」を読んで面白いと思って依頼しているので、好きなようにやってもらいたい」とおっしゃってくださいまして、『群像』の担当編集者も「講談社ノベルスが面白くて頼んでいるのだから大丈夫」と励ましてくださいました。なので、まず短編小説をお渡しして、それがポツポツと掲載されて文芸誌デビューを果たしたという感じですね。「これでよいのかしら」という気持ちと「ホントにやるぞ、いいんだな」という気持ちが、両方ありました。

――エンタメに徹する人、あえてボーダーを越える人、ジャンルはまったく意識していない人など、それぞれいると思うのですが、佐藤さんはどうですか。

佐藤 : 僕は最初に小説を読んだとき、レーベルやジャンルがないと何も分かりませんでした。角川ホラー文庫だからホラーだと思い、講談社ノベルスだから新本格ミステリだと分かるくらいでした。そういう風に読んできた身としては、ジャンルの縦横無尽な行き来というのに必然性を感じなかったのですよ。それと講談社ノベルスには、「後書きを書かない」「推薦文を書かない」「対談はしない」という主義を持ったカッコいい作家がいっぱいいて、そういうのに若い人間は感化されてしまうんです。「オレもあのミュージシャンと同じギターを持つぜ!」というのと同じで、「オレも対談なんてしないぜ!」っていう教育を受けてしまいました。そうしたロックな精神を受け継いでしまったので、文学と新本格ミステリの横断なんてカッコ悪くてやれないぜ、と思っていたのですが。......でも仕事がないので(笑)。その時期は確かに、講談社ノベルスから離れてぐるっと回ったほうがよかったですし、応援してくれる新しい編集者がいるのであれば、ジャンルの横断をするしないでカッコつけるんじゃなくて、小説でカッコつけるべきだと思うようになりました。ですから、今は抵抗はないですね。ジャンルのことは考えますが、今はジャンルを基準に小説を書いている感じです。

――そうしますと、ミステリの定義、文芸の定義というものは心の中にありますか。

佐藤 : ものすごくあります。そういうものしかないです。

――では、佐藤さんが考えるミステリとは。

佐藤 : 評論家みたいなことや、面白いことは言おうと思えば言えるんですけれど、今、幸か不幸かミステリ作家とは言えない状態の僕がミステリ論を語るというのは、安全地帯から攻撃するのと同じなのでコメントできません。ただ、どんな小説でも面白いものにはミステリ的な要素はあるので、文学で書こうと別のジャンルで書こうと、それを忘れないでいようと思います。そこさえ忘れなければ、普通の文学を書くこともないし、普通の恋愛小説を書くこともない。ミステリの魂があれば何を書いてもミステリだと言いいたいです。まあ周囲にはそうとられないのだろうけれど、ミステリの魂を持って書きつづけています。

――そこから「小説とは何か」ということを考えるようになっていったわけでしょうか。

佐藤 : 「ミステリとは何か」は、多くの方がいろんなことをおっしゃっていますし、例えばホラーを読んでも、サイコホラーからバイオホラーまで、書かれているものは全部違うのに、でも確かにこれはホラーだと感じる何かがある。そうなるとジャンルって何だろうということが、イコール、小説って何だろうと発展していったと自分の中では認識しています。

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――それが『1000の小説とバックベアード』となっていった。この作品で三島由紀夫賞を受賞された感想は。

佐藤 : いよいよ言い訳ができなくなったなと(笑)。「いやあ、僕はミステリ作家ですから」と言っても、もうカッコよくないんだって思いました。文学に片足を突っ込んだという覚悟をしないといけません。ここでヘンにとぼけたり可愛らしいことを言っても、誰も許してくれないだろうと。だって、嫌ならノミネートの段階で断ればいいんですからね。「望んでもないのに勝手に受賞しちゃって...」という嘘は言えませんから(笑)。

――最近の読書では、文芸作品が多いのでしょうか。

佐藤 : そうならざるを得ないのが実情ですね。自分が闘うべき"レーベル"、あえて文学を"レーベル"と言いますが、それをある程度読んでおかないと闘い方が分かりませんから。そこを外すと、みんなが刀を持っているのに自分だけヌンチャクを持ってる感じになっちゃうし、それがカッコいいならいいんですけれど、滑稽にはなりたくないですからね。そこらへんの最低限の知識と現状の問題点を自分になりに解決していこうと思うと、読む小説は文学が多くはなりますね。主に古いものですけれど。

――古いというのはどのあたりですか。同世代ではなく中上健次あたりになるのか、それとももっと昔に行くのか。

佐藤 : 大江健三郎・中上健次ラインは読んでいたのですが、仕事として考えると、大江・中上的小説をいつまでも書くことはできない。ならばもっと昔に行くか、最近の作家を読むかになるんですが、今は小説が小説として成立する以前の時代が気になっています。例えば『神曲』が書かれた西暦1300年くらいとか。

――ダンテの『神曲』を読まれているのですか。どんな印象を持たれるのでしょう。

佐藤 : 人間が告白しているというよりも白状しているような生々しさがありますね。小説なのか夢の中なのか、そして詩なのかも、現代人が読んでも文脈が違うので分からない。ジャンルが存在しないって、すごいことだと思うんです。20代の集大成として、ジャンルが生まれていないところに行かないと書けないものを書こうと頑張ってるんですが。......でも疲れて辞めるかもしれません。本になるか分かりません。

――ところで、出版社の会議室にカンヅメ状態で執筆されることも多いとか。

佐藤 : ずっと一社に通っていると嫌な顔をされるので(笑)、最近は各社をぐるぐる回ってカンヅメ状態となっています。

――家とかホテルではなく、出版社に。朝起きて、準備して、出版社へ...。

佐藤 : 出勤してます。出勤作家です(笑)。ホテルだとベッドがすぐそこにあるので寝てしまうし。それに出版社の会議室だと緊迫感があるんです、というと聞こえがいいんですが、まあ、小説を書く以外にやることがないというだけです。それに担当編集者がふらっとやって来るので、ボーッとすることもできません。「何枚進んだ?」と訊かれて電話なら嘘もつけますが、「ちょっと見せろ」と言われたらもう終わりですから。

――そういう中で読書の時間は...。

佐藤 : 仕事と直結する資料的なものしか読むことしかできなくなっちゃいました。普通に読みたい小説もあるんですが、読むヒマがあるなら書かなくちゃという焦りがあるから、読んでいても落ち着かなくて。どうしたらいいのか、誰か相談にのってくれる人はいないでしょうか......。

――......うーむ。自分の原稿を早く書いて片付けちゃう、というのは。

佐藤 : 1日100枚書けたら問題は解消しますね(笑)。

――"出勤"時間はどれくらいなんですか。

佐藤 : "出勤"するのは、締め切りが迫って危険な時とか、どうにも書けない時とかなので、必然的に長時間になってしまうんです。

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