第99回:冲方丁さん

作家の読書道 第99回:冲方丁さん

小説だけでなくゲーム、アニメーション、漫画と、幅広い分野で活動を続ける冲方丁さん。SF作品で人気を博すなか、昨年末には時代小説『天地明察』を発表、新たな世界を広げてみせました。ボーダーレスで活躍し続ける、その原点はどこに? 幼少を海外で過ごしたからこそ身についた読書スタイル、充実の高校生ライフ、そして大学生と会社員と小説執筆という三重生活…。“作家”と名乗るに至るまでの道のりと読書生活を、たっぷり語っていただきました!

その2「捨て牛が庭にやってくる」 (2/7)

――どんな環境に住んでいたのでしょう。都会なのか、それとも...。

冲方:説明しづらいですね。インドにちょっと似ているのかな。南アジアのカオスというか...。ヒンドゥー教の寺院が多かったですね。イスラム教徒もクリスチャンも仏教徒もいましたし。僕がいた頃は車が増えてきた頃だったので、日本でいうと昭和初期の雰囲気だったのかな。よく道路を牛が歩いていましたね。幹線道路でよく車が停車していたんですが、それはたいてい、牛が道路を横切っているから。ヒンドゥー教では牛が神聖な動物なので、追い払っちゃいけないんです。だからどくまで待っている。うちの庭にもよく牛が来ていました。捨て牛がいっぱいいたんですよ。牝牛は牛乳が取れるけれど、雄牛は食べることもできないし、何も役に立たないといって捨てちゃうんです。

――うわあ。

冲方:カースト制度の国なので、カーストが違う生徒は同じクラスになれないといった教育問題もありました。自分がいた頃に、民主化を進めていた王さまを弟が殺してしまう事件もあった。デモが起こってバスが燃えていたり、買い物に行くと車がひっくり返って道路がふさがっていたりしました。住んでいた場所がそんなところだったので、退屈だから何か娯楽を求めるという感じではなかったですね。僕の場合、小説や漫画やビデオに接するのは、娯楽を求めるというよりも日本語を求めていたからでしょうね。日本って何、日本で自慢できるものって何だろう、という。ちょうど日本の漫画やアニメがブームになっていたので、他の国の人が感心するものとして触れていたと思います。

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――帰国してからは。

冲方:中2の後半くらいに日本に帰ってきました。そうしたら、それまで断片的にしか手に入らなかったものが、全部入手できるようになる。でも、本屋に行くと、あまりの膨大な量に、何を読んだらいいのか分からなくなってしまって。娯楽を浴びるほど楽しみつつ、どこかでお腹がいっぱいになっていましたね。それまでは1冊を消化しつくすことが読むことだったんですけれど、周りを見るとパラパラと読んでは捨て、読んでは捨て、という感じなのがどうしてもついていけませんでした。系統だてて読むことができるようにはなったんですけれど、雑食が身についてしまっているので、シリーズの3巻目から平気で読み始めてしまう(笑)。そこにあるものから読んじゃうんですね。それで、その巻を読み込んでから改めて1巻を読んでみたりとか。『グイン・サーガ』は、当時出ていた60巻くらいまでを読み終えたのが20歳の頃。それまでバラバラに読んで行ったりきたりしていました。そういう脳みそが培われたことを実感したのは、後にアニメの仕事をした時。本編20話の仕事をしながら、CDドラマで5話目くらいの頃の話を作らないといけないとなった時、ストーリーの構造の中のどの部分に焦点を当てるのかパッと分かるんです。今はすっかり力が衰えてしまいましたが、昔はアニメを1回見たらセリフを最初から最後まで言えましたし。

――えー!

冲方:15、16歳くらいまではアニメをテレビで見た後に最初から最後までセリフを諳んじて楽しんでいました。いつ見られなくなるか分からないので、必死に吸収しようといていたんですね。コンテンツがなくなったら2度と見られない。だから自分の中に蓄えようという気持ちが強くて。そのうちコンテンツの数が多くなりすぎて、できなくなってしまいましたけれど。さすがに全話をいちいち覚えていると疲れてしまって、一時期は苦しかったんです。それでもう、見なくなってしまうんですね。1話から5話まで見たら、あとは想像でいいやと思ってしまう。

――読書はどうたったんですか。

冲方:小学生の頃に半村良さんの『戦国自衛隊』や『亜空間要塞』を読んでまったく意味が分からなかったんですが(笑)、日本に帰ってきてからは身の丈に合ったものがいくらでも読めるようになって。コバルト文庫なんかも読みましたね。

――あ、少女小説を。

冲方:僕の中では少年もの、少女ものという区別がなかったんです。日本に帰ってきて最初に面白いと思った雑誌は『LaLa』で、その後『花とゆめ』にハマったし。表紙がキラキラしているなあと思いつつ学校に持っていって読んでいたら「お前それは女の子が読むものだよ」と言われて、でもピンとこなかったですね。なんで男が読んじゃいけないんだって。だから『少年ジャンプ』と『花とゆめ』を同時に読んでいたんです。あとはコバルト文庫やソノラマ文庫。コバルトは日向章一郎さんの「放課後」シリーズなどを読みました。男の子と女の子がいて事件が起こってそれを解決する、という内容だったと思います。

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