第99回:冲方丁さん

作家の読書道 第99回:冲方丁さん

小説だけでなくゲーム、アニメーション、漫画と、幅広い分野で活動を続ける冲方丁さん。SF作品で人気を博すなか、昨年末には時代小説『天地明察』を発表、新たな世界を広げてみせました。ボーダーレスで活躍し続ける、その原点はどこに? 幼少を海外で過ごしたからこそ身についた読書スタイル、充実の高校生ライフ、そして大学生と会社員と小説執筆という三重生活…。“作家”と名乗るに至るまでの道のりと読書生活を、たっぷり語っていただきました!

その5「4つの媒体を経験」 (5/7)

ピルグリム・イェーガー 1 (ヤングキングコミックス)
『ピルグリム・イェーガー 1 (ヤングキングコミックス)』
冲方 丁
少年画報社
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神話の力
『神話の力』
ジョーゼフ キャンベル,ビル モイヤーズ
早川書房
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ブレードランナー クロニクル [DVD]
『ブレードランナー クロニクル [DVD]』
ワーナー・ホーム・ビデオ
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ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)
『ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)』
早川書房
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幸運の25セント硬貨 (新潮文庫)
『幸運の25セント硬貨 (新潮文庫)』
スティーヴン キング
新潮社
767円(税込)
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――やろうと思ってできることじゃないですよ(笑)。まず、大学生でゲーム会社に勤めたというのは、どのような経緯ですか。

冲方:一緒にデビューした七尾あきらさんの弟さんが、主にゲームの音楽を作っている作曲家だったんです。そのツテで製作を学ばせてもらいました。契約社員にしてもらった上で、SEGAに送り込まれて、そこで120億かけて大コケしたという巨大プロジェクトのシナリオチームで作業をしていました。

――漫画の原作は。

冲方:七尾さんのデビュー作の挿絵を描いた伊藤真美さんが漫画も描かれている方で。漫画のシナリオを書きたいという話をしたら、伊藤さんが少年画報社で描く時に原作者として僕を推薦してくださったんです。それが『ピルグリム・イェーガー 巡礼の魔狩人』。近世イタリア、ルネサンス時期のファンタジーなんですが、その時にかなりキリスト教の歴史を勉強しました。資料のつまった段ボールを積んで「さあ読むぜ」って(笑)。1冊ずつじっくり読むのが僕の読み方だったんですが、"段ボール読み"がだんだん得意になってきました。流し読みをしつつ、必要な箇所を抽出していくという。その時は近世の歴史シリーズや、中世ヨーロッパの歴史では阿部謹也さんの本をいっぱい読みました。でもヨーロッパばかりだとだんだん飽きてくるので、白川静さんの漢字の成り立ちの本を息抜きに読んでいました(笑)。魔女狩りとかキリストとかオカルトばかりやっていると、対極的なものがほしくなるんです。それが僕の癖でもあって、軽いものを調べていると重いものが読みたくなる。アジアを調べはじめたら、ヨーロッパを調べないと気分が悪くなってくるんです。

――アニメにはどのような関わり方をされたのですか。

冲方:企画、原案、プロット、脚本は一通りやりました。そういえば、その時にアニメーションを何本か見て写しましたね。どんなリズムでセリフを運んでいるのかといったことを知りたくて。自分は言葉を多くしたがる悪い癖があるので、どこまでセリフを入れこめられるのかを確かめたかったんです。あと、同じ風にアメリカのテレビドラマの『CSI』のマイアミ編もシーズン4まで写しました。字幕を見ながらキーボードをカタカタカタ...と(笑)。

――本だけでなく、映像までも書き写すとは! では当時読んでいたもので、印象に残っている本は何ですか。

冲方:ジョーゼフ・キャンベルさんの『神話の力』に出合ったのが20歳すぎくらいだったと思います。池袋のジュンク堂が出来たということで行って、ジュンク堂で初めて買った本なんです。以来、10年くらい経つと思うんですが、定期的に100回くらい読み返しています。1回読んで理解しても、次に読むとまた違った理解ができる。子供のための神話の構造なんかについて語られている対談集で、僕にとっては鏡のような本で。自分が吸収した知識を定期的に照らし合わせて確実なものにしていくんです。いろんな箇所に傍線が引いてあって、全部日付が書いてあるんです。3年前にここに線を引いたんだ、ということが分かる、日記にようになっています。人には見せられませんね(笑)。

――幅広く読まれていますが、SF小説を系統立てて読まれたりはしなかったのですか。

冲方:言っていいのか分かりませんが...。ほとんど読んでいなくて。『2001年宇宙の旅』も途中でやめてしまったんです。キューブリックの映画のほうがいいなと思って。もともとあれはキューブリックとクラークの合作として作ってあって、映像でもナレーションがいっぱい入っていたのを、キューブリックが全部カットしたんですよね。想像に委ねたいからって。だから本の出版も遅らせろっていちゃもんつけたんですよ。だからというわけではないけれど、あれは映像の力でいろいろ想像できたんです。もともと想像するのが好きなので、「ドラゴンクエスト」もドット絵のほうは楽しいのに、絵がリアルになってくるとそうでもなくなってきてしまうし。大学の授業で『アンドロイドは電気羊の夢の見るか』について1年間学ぶ授業があって、映画化作品である『ブレードランナー』も観ましたが、あれは原作と違いすぎるのでほっとしました(笑)。自分の創作のスタンスを決めたんじゃないかと思うくらい。まったく違うものを提示することで第三のイメージがそこに現れるんだということを実感しました。両方を経験したことで新たな世界が生まれるんですよね。あとは日本のいろんなSF作品がいかに『ブレードランナー』の衣装デザインや車の形などを参考にしているかも分かりました。

――冲方さんの作品は、サイバーパンク系のSFとも言われると思うのですが。

冲方:そう言われて、あ、そうなんだ、と思って、サイバーパンクの代表的な作品であるウィリアム・ギブソンの『ニューロマンサー』も読んだのですが、何が言いたいのかさっぱり分からなくて。ここらへんが似ているんだろうなと思う部分もあったんですが、とにかく文章が、昔自分が頑張って日本語訳したものを思い出して心が痛くて(笑)。SFのジャンルがどうのといったこととはまったく違うところで痛みを感じてしまうので、あれは読めないんです。

――意外ですねえ(笑)。そういえば、書き写す作業は、その後は...。

冲方: キングの『幸運の25セント硬貨』はたまに写します。執筆に疲れると写したくなるんですよね。野球選手が疲れてくると素振りをするみたいに(笑)。読むということは吸収して肉体にするという感覚なので、いいなと思ったものは写したくなる。『幸運の25セント硬貨』に入っている短編はどれも好きなんです。噛んでも噛んでも味わいがある。「一四〇八号室」はその部屋に入るとみんな大変なことになる、という話でこれはサミュエル・L・ジャクソンたちが出演して映画化していますよね。「道路ウィルスは北に向かう」も映像化されている。映像のイメージと自分が書き写した時のイメージを総合していく感じです。この本は『神話の力』と同じくらい何度も読んで、いじくり倒していますね。そういう性格なので、自分で小説を書く時も、軽いシリーズものというのができない(笑)。今回はバロットのこんな事件、ということができなくて、次はこの人がどんな成長をするのか、その人生全部を書いてしまうんです。だから渋川春海シリーズなんていうのは書けない(笑)。読み方からくる書き方なのかもしれませんね。読書体験と執筆体験って裏表なんだと、今気づきました。

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