第100回:本谷有希子さん

作家の読書道 第100回:本谷有希子さん

演劇界で活躍する一方、人間の可笑しみと哀しみのつまった小説作品でも高く評価されている本谷有希子さん。フィールドをクロスオーバーさせて活躍する才人は、一体どんな本に触れてきたのか? そのバックグラウンドも気になるところです。自意識と向きあう一人の女の子の成長&読書物語をごらんください。

その5「自分が小説を書く意味」 (5/5)

  • ほんたにちゃん (本人本 3)
  • 『ほんたにちゃん (本人本 3)』
    本谷 有希子
    太田出版
    1,404円(税込)
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――台本と小説、それぞれの執筆の面白さとは。

本谷:演劇は消えてなくなるものだから、後世に残ることを考えてカッコつけなくていいというか。その時々の、刹那的なものを大胆に入れてもいいという醍醐味がありますね。言葉遣いも、自分たちが喋っている言葉でいいと思うんです。声になる言葉が、やっぱり私の場合、興味深い。小説では、私、言葉遣いが面白すぎるって言われたんですよ。こんな風に喋っているんだけどなあとは思うんですが、文学の会話じゃないって言われたんですね。文学的な美しさを兼ね備えていない、という意味だと思うんですけれど。私は台本でも小説でも、人間を書こうと思っているので、文学の会話ということはあんまり意識していないんです。

――創作する時って、プロットはどこまで考えて書き始めるのですか。

本谷:今のところ、毎回違う書き方に挑戦してみてます。ノープロットで即興で書いたり、完全に最後まで戯曲の23場まで決めて書いたり、今挑戦しているのは前半はプロットがあって、後半は即興。挑戦することで何かを掴みたいし、まあ若干でも成長したい(笑)。なので書いている時間のほうが目的だったりしますね。それと、芝居の場合は役者という肉体が入ってくるので、書いた後でもあらゆることが変わっていきますね。身体の表現でお腹いっぱいだと分かれば言葉は要らなくなるし。肉体が入るのはでかいです。小説は、未だに書き方が分からないんです。演劇は視界がはっきり見えるんですけれど、小説はモヤがかかって何も見えない。

――それでも小説を書くモチベーションはどこにあるのでしょう。

本谷:私にしか書けない小説がありそう、というところだと思うんですけれど。どう書いたら褒められるかより、自分に読ませたい小説というのを意識しているとブレない気がする。

――いやあ、あの文章世界はどこから生まれるんだろうと思うんですが。

本谷:ヘタウマって言われる(笑)。書き方を知らないので、独学でいくしかなかったんです。自分の言葉で書いていくしかなかった。自分の文章は小説的でないのが欠点かもしれないけれど、それが魅力であるのかも、とはたまに思います。自分の声の温度をちゃんと伝えたいと思っているので、逆にいろいろ読んでこなくてよかったのかもしれないですね。でも、いわゆる作家としての読書道を通っていないことが、コンプレックスでもあるんです。あ、でも他にも演劇も音楽も映画も漫画もアニメも自分の中にカルチャーとして入ってきているので、まったく文化的なものがないというわけじゃないんですよ!

――もちろんですよ、分かっておりますよ(笑)! 本谷さんの小説にはイタイ女の子が登場したりしますが、10代の頃の自意識にがんじがらめの頃から、ご自身に変化はありましたか。

本谷:うーん、やっぱりイタさからは逃れられないですね。そこを誰も直視する人がいないんだったら、私がそこを見てやろうという気持ちもあります。みっともないとは思うんですけれど(笑)。ただ、他に美しい豊かな文章をちゃんと書かれる方がいるなかで、なぜ自分が書くのか私の素質はなんだろうと考えてみると、ある種すごく正直でいることだろうと思う。何かに誠実であろうとは、つねに思っているんです。

――『ほんたにちゃん』なんてサイコーですよね。あのTシャツを着てあのポーズを...

本谷:えっ! あれ読んだんですか! ああ、今までカッコつけて喋ってなくてよかったー(笑)!!!

――イタすぎて大爆笑でした。

本谷:最近、あんまり笑いを狙っちゃいけないなと思っていて。編集者に「本谷さん、笑いをいれるのは逃げだよ」と言われてほぉー、そうなのかーと思ったことがあって。でもブラックジョークは大好きですね。わりとナンシー関さんなんかのコラム本を熱心に読んでいたこともありました。

――でも本谷さんの作品には、笑いと同時に、とてつもない絶望感もある。『あの子の考えることは変』とかも、かなりイタイ女の子の話ですが、可笑しさと同時に切実な感じがあって。

本谷:自分の中では、ある一瞬でいいから、すごく透明なものが小説に入り込んでいるといいな、と思っているんです。『あの子の考えることは変』でも、透明感みたいなもの、キレイなものを書きたかったんです。そうすると、ああいう話になる。

――キレイなもの、というのは。

本谷:すごく澄んでいて哀しくてキレイとか、哀しさが澄んでいてキレイとか。あの話に出てくる日田という子は処女であることに悩んでいますが、その感情の中に、すごく澄んだものがある気がして。それっていわゆる誰かを愛してます、といったキレイさではないんですよね。そのへんに何か、自分が書きたいものがあるように思います。澄んでいてキレイすぎて泣ける、みたいな感情ってあるんじゃないかなって思うんです。

――ありますよね。では、今後の小説の刊行予定は。

本谷:今書いているところなんですが、演劇の仕事が始まるので、いったん中断して、また6月から続きを書くことになります。1個のことしか考えられなくて、同時に進めることができないんです。

――演劇のお仕事というのは。近々、作・演出を手がける舞台があるんですね。

本谷:5月10日から6月6日まで、青山円形劇場で「甘え」という芝居をやります。主演は小池栄子さん。今はそのことしか考えられません(笑)。

(了)