第107回:百田尚樹さん

作家の読書道 第107回:百田尚樹さん

現在、デビュー作の『永遠の0』が大ベストセラーとなっている百田尚樹さん。放送作家として『探偵!ナイトスクープ』などの人気番組を手がけてきた百田さんは、本とどのように接してきたのでしょう。50歳を目前にして小説を書き始めたきっかけ、そして小説に対するこだわりとは。刊行前から噂となっている大長編についても教えてくださいました。

その2「『だれも知らない小さな国』に夢中になる」 (2/6)

コロボックル物語(1) だれも知らない小さな国 (児童文学創作シリーズ―コロボックル物語)
『コロボックル物語(1) だれも知らない小さな国 (児童文学創作シリーズ―コロボックル物語)』
佐藤 さとる
講談社
1,188円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
奇巌城―怪盗ルパン全集 (ポプラ文庫クラシック)
『奇巌城―怪盗ルパン全集 (ポプラ文庫クラシック)』
モーリス ルブラン,南 洋一郎
ポプラ社
626円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
地球を呑む (1) (小学館文庫)
『地球を呑む (1) (小学館文庫)』
手塚 治虫
小学館
588円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
どろろ(1) (手塚治虫漫画全集 (147))
『どろろ(1) (手塚治虫漫画全集 (147))』
手塚 治虫
講談社
608円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
笑ゥせぇるすまん (1) (中公文庫―コミック版)
『笑ゥせぇるすまん (1) (中公文庫―コミック版)』
藤子 不二雄A
中央公論新社
700円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
佐武と市捕物控 1 (ビッグコミックススペシャル)
『佐武と市捕物控 1 (ビッグコミックススペシャル)』
石ノ森 章太郎
小学館
1,512円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS

――どんな少年だったのでしょう。腕白だったのか、意外にも寡黙だったのか。

百田:小さい頃からようお喋りでしょうもないこと喋ってて。全然勉強はできませんでしたけど。遊びとかもすぐ自分で考えて、今日はこんなことしよう、あんなことやってみようと言い出すのが好きでした。先生にはいつも怒られとったんですけど。

――国語の授業はどうでしたか。

百田:作文は全然ダメでしたね。書いた文章を褒められたことなかったです。典型的なアホな子の作文で、自分で読んでもひどいと思いました。朝何時に起きて歯を磨いて朝ごはんを食べて...と、ずーっとそのまんまのことを書いてしまう。遠足に行った時のことを書け言われてても、そんなんだから学校に着くまでにもう何枚も使ってしまって。だからもう、作家になってからですね、書くというのは一種省略のテクニックやと分かったのは。勉強しなかったので漢字も書けなくて字も下手くそで。なまけものやったから、黒板の字も写さなかったんで、小学生の頃のノートはきれいなものでした。

――偉人伝の後、どんなものを読まれたのでしょうか。

百田:ちょうど同じ頃に、なんでか母親が本を一冊誕生日か何かで買ってくれたんです。後で聞いたら新聞だったかで薦められていたかららしいんですが、佐藤さとるさんの『だれも知らない小さな国』でした。これが面白くて。他の利発な子ならそれで読書の楽しみを覚えていろんな本に手ぇ出すんでしょうけれど、僕はその本だけでした。

――ああ、じゃあ『だれも知らない小さな国』から始まるコロボックルのシリーズは他には読まなかったのですか。

百田:1冊も読んでないです。ただ、『だれも知らない小さな国』は何回も読みました。当時は気づかなかったんですが、あれは戦争前の話なんですね。今なら大昔かもしれませんが、僕は戦争終わって10年くらいして生まれた子なんで、遠い遠い昔という訳ではなかったんです。うちの親父も戦争に行ってるし、友達の親もみんな戦争体験者ですから。戦争のことはさらっと書かれてあるので、特別意識しないで読んでいました。あの作品に惹かれた理由はいくつもあるけれど、いちばんは自分だけの小山を持つ、ということですよね。男の子が誰も知らない自分だけのユートピアを発見する、この面白さです。ああ、僕もこんな秘密の山がほしいなと思っていました。その秘密の場所に一人、小さな女の子が現れて、靴を川に流したというので追いかけた時に、靴の中に小さな人を見つけるんですよね。それで拾った時にはもう女の子はいなくなっている。そのエピソードが妙に心に残りました。主人公の男の子が僕と同い年くらいやったので感情移入したのかもしれません。10数年後に再会するというのも、小学生ながらすごくロマンチックなものを感じました。当時10歳くらいだったんですけれど、ああ、僕にもそんなことがあるのかな、とぼんやり考えました。小さな女の子が10数年後に再会したら、素敵なお姉さんになっているのが不思議で、今一緒に遊んでいる子たちも素敵なお姉さんになるのかなと思っていたけど、あんまりならなかった。僕も素敵なお兄さんになりませんでした。

――(笑)。その後はどんな本を読まれたのでしょう。

百田:小学校高学年の時になんでか、ポプラ社の怪盗ルパンのシリーズにハマって全部読みました。そこからホームズというのもあるらしいと知って読んでみたんですが、子供の僕には大人すぎて、ルパンのほうが面白いなと思っていました。後になって、ホームズのほうがずっと面白いと知るんですが。あ、でも思い出しました、親父がくれた岩波の少年少女文学全集にもホームズがありましたね。『緋色の研究』。あれは面白かったです。ホームズシリーズの第一作ですね。ホームズは性格的にゆがんているしコカイン中毒だし、子供心にこういうヒーローはすごいなと思いました。二部構成になっていて、前半はある殺人事件が起きてホームズが犯人を捕まえるんですが、後半はその犯人が自分の生涯を延々と語る。その二部のほうが面白かった。1800年代にアメリカに渡った移民の物語で、一人の青年がモルモン教徒たちのいるソルトレイクシティに入るんですが、当時のモルモン教は一夫多妻制で、本当に好きやった女の子を奪われて、彼女は死んでしまう。その復讐をロンドンで果たすんです。前半のホームズの話とまったく違うんですよ。後に分かったのは、コナン・ドイルはもともと騎士道小説が書きたかったんですね。騎士とお姫様が出てくる古いロマンを書いていて、それがあんまりウケへんで、飯食うために書いたのがホームズだったんです。だから第一作目には愛とロマンがあふれる第二部が出てくるんですよ。ホームズが人気になって後にもう一回騎士道小説を書いてみたけど、また売れなかったらしいです。

――そこから小説を読む楽しみに目覚める...とはいかなかったのでしょうか(笑)。

百田:中学に入ってレベルアップしたかというと、そんなことはなくて相変わらず本は読んでいませんでした。中学3年間、ほとんど読んでいないですね。ひとつだけ憶えているのが、親父がいい加減本を読めと夏休みにドストエフスキーの『罪と罰』を持ってきたんです。命令されてひと夏かけて読もうとして......挫折しました。読めなかったです。改行ないし当時の大人向けの本は字が小さいし、上下二段組の本やって、読んでも読んでも進まない。1ページ読むのにひーひー言って、ページをめくって「はー、今日はもう無理」と思っていて。ほいで、その時に強烈に本アレルギーになったんです。大人のきっちりした本というのは、僕には歯が立たないものなんやと思って。親父も罪作りやと思いますよ、賢い子ならいいけど、僕みたいなとろい子には段階を経て教えてほしかったと思います。

――大変でしたねえ。漫画は読んでいたのですか。

百田:ちょうど『ビッグコミック』が創刊された頃だったんです。創刊メンバーに手塚治虫さん、藤子不二雄さん、石ノ森章太郎(当時は石森章太郎)さんがいて。僕にとっては神様です。手塚さんは『地球を呑む』という長編を連載していて、これが大人向けの漫画やったんです。主人公は学も教養もない、酒を飲むのが大好きという男。テーマは金と愛と美貌。すごいエロティックで、絶世の美女が出てきてあらゆる男を虜にするんです。手塚さんの野心作やったと思います。それまで『どろろ』とか『バンパイヤ』とか『鉄腕アトム』しか知らなかった僕にとっては、ものすごく衝撃的でした。セックスのシーンもいっぱいあって、12歳くらいの子供にはもうびっくりで。藤子・F・不二雄(藤本弘)さんがSF短編を描いていたんですが、これまでの『オバQ』なんかとまったく違う大人向けのSFだったんです。未来社会を描いていてもユートピアじゃなくて、いわゆるディストピアで、悲劇的に終わる。それも強烈でした。もう一人の藤子不二雄(A)(安孫子素男)さんも『黒ィせぇるすまん』(笑ぅせぇるすまん)で、びっくりさせられました。石ノ森章太郎さんも少年サンデーでやってた「佐武と市捕物控」を大人バージョンで始めて。

» その3「名作映画とボクシング」へ