第107回:百田尚樹さん

作家の読書道 第107回:百田尚樹さん

現在、デビュー作の『永遠の0』が大ベストセラーとなっている百田尚樹さん。放送作家として『探偵!ナイトスクープ』などの人気番組を手がけてきた百田さんは、本とどのように接してきたのでしょう。50歳を目前にして小説を書き始めたきっかけ、そして小説に対するこだわりとは。刊行前から噂となっている大長編についても教えてくださいました。

その6「執筆生活、そして2000枚超の原稿について」 (6/6)

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――今、小説の執筆と放送作家のお仕事と、どのようなバランスになっているのですか。

百田:『ボックス!』までは、それまでと同じように放送作家の仕事をやりながら書いてきて、それ以降にいろんな執筆依頼がきて連載なんかも持たせてもらって。本格的に小説を書き始めてから2年くらい経っているので、小説家のほうにウエイトを置いてもいいなと思っていくつか仕事を整理しました。今は『探偵!ナイトスクープ』だけしっかりやっているんです。あの番組が終了すれば、放送作家を引退してもいいなと思ってます。年齢的にも50歳を超えたし、作家を僕の最後の仕事にしてもいいなあ、と思っているところです。

――その後ススメバチの世界を描いた『風の中のマリア』や時代小説の『影法師』などを発表されていますが、毎回違う題材をどこから見つけてくるんでしょうか。

百田:テレビをやっている頃から、モットーとして同じことはやらない、というのが体に染み付いているんです。『永遠の0』を書いた時も「じゃあ次に書く戦争のテーマは?」と訊かれて「えーなんでー? 戦争はもう書いたやーん!」って。1回書くと同じことはもう書きたくないんです。書いていてこのエピソードを膨らませるともう1冊書けるなというのはしょっちゅうあるんです。でもそんなケチくさいことはやめよう、1作のなかに全部入れようやと思ってるんです。『風の中のマリア』は、テレビのバラエティー番組でオオスズメバチの取材をしたことがあったんです。調べてみてすごいハチやなあ、ドラマになるなあと思っていて。その時は巣を撮るだけだったので、いつかオオスズメバチそのものをテーマにしてドキュメンタリーを作りたいと思っていたんですが忘れていて、作家になってから、あれを小説の中で描いたろかなと思って。『影法師』は、時代小説を書こうと思ったわけやないんです。あれは初めての連載で、編集者と飯を食っていて「どんなものを書いてもらいたい?」と訊いたら「格好いい男が出てくる物語が読みたい」と言われて、飯を食いながらずっと考えたんです。それで、「よっしゃ、思いついた! ただ、ひとつ問題があって、現代小説で書くのは難しい。侍の世界でないと無理」って。「百田さん時代小説詳しいんですか?」「まったく知らない!」「じゃあ無理でしょう」「でも書きたくなったからこれを書く!」「ええー!」「今から勉強する!」ということで、そこから時代小説を100冊以上読みました。

――毎回題材を変えるとなると、そうした調べものも大変ですよね。今、毎日のサイクルはどうなっているんでしょうか。執筆時間とか。

百田:それが決まっていないんです。気がのったら8時間でも書き続けるんですが、気がのらない時は1週間も何も書かんとか。二流のド素人やと自分でも思います。プロは毎日きっちり書く時間を作ってる。気がのらないから言うて、一日何もしないでボーっとしてるなんて、こんな社会人どこにおんねん、と思います。

――「ナイトスクープ」の拘束時間は。

百田:実はほとんどないんです。もうほぼ監修という立場なので。

――では、読書の時間は。

百田:30歳すぎまで一生懸命読んで、放送作家を真剣にやりはじめてからは小説よりもノンフィクションばかり読んでいます。それが20年以上。なので現代小説をまったく読んでいなくて、名前すら知らない作家がいっぱいいたんです。それで『永遠の0』を書いてからいっぱい読みました。でも、面白いものもあるけれど、やっぱり評価が定まっていないものから選ぶとなると外れも多いので、名作を読んだほうがいいなあと思って。みんな不思議がるんですけれど、僕は本買うて数ページ読んでおもんなかったらポイって捨てるんです。みんなそれを「もったいない」って言う。でもおもんない本を無理して読む時間のほうがよっぽどもったいないでしょう。

――途中で読むのをやめるのは分かるにしても「ポイと捨てる」のがもったいない気が(笑)。それと、後半になって面白くなるかも、と思って途中でやめられない場合もあります。

百田:ああ、テレビはとにかく視聴率がほしいから、とにかく「つかみ」なんです。このテレビおもろないなー、でも後半面白くなるかもしれないから見よう、という人はいない。後半になったらおもろいというなら、頭でつかんで引っ張っていかないと。テレビなんて分刻みで視聴率が変わりますから、ちょっとでもおもろなかったらどーんと視聴率が下がる。本も同じで、頭の数ページに工夫がないと。そういう工夫をしない作家が中盤から面白いものを書けるはずがない、と。これまでに読んできた過去の傑作は、例外なく最初から面白いです。えらそうに言ってますが、ぼくの作品は全部「つかみ」で失敗してるんですけどね。もちろん中盤以降もたいしたことない。

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――では、今読んでいる名作といいますと。

百田:自分で書くようになってからは、何か得るものがないかなーと思って過去に読んだものを読み返すことが多いんです。最近なんかは宮本輝さんの『錦繍』。改めてうまいなあと思いました。10年おきくらいに読み返してますけど、今回50歳を超えて作家となって読み直した時に、改めて構成とストーリー展開のうまさに気づきました。

――男女の手紙のやりとりだけで進んでいくんですよね。

百田:しかもつかみがうまい。え、この2人には過去に何があったんや、といきなりドラマが始まる。謎がいっぱい含まれているんです。優れたドラマはすべて優れたミステリーやと思うんですが、まず謎が魅力的でないといけない。『錦繍』は謎も魅力的やし、この2人はこれからどうなるんやろうと思わせますね。

――さて、今後の刊行予定を教えてください。

百田:例の2100枚の大長編が年内に。

――ね、年内っ?

百田:まったく刊行する気なくて、25年間読み直したことがなかったんです。たまたま今年の2月に古い友人とある出版社の編集者と飯を食っていたら、友人が「昔長編書いてたことあるやろ」って言うから編集者が「ぜひ読ませてください」と。その時は断固NOだったんです。その後7月に別の出版社の部長と喋っていて「昭和40、50年代の大阪を百田さんが書いたら面白いんじゃないですか」と言われてああ、実は昔書いたことがあるなと思って。まさにその時代が舞台の話なんです。それで屋根裏から探し出して、500枚だけコピーしてその部長に渡したんです。そうしたら「本にするのは無理」と言われました。でも一緒に読んでいた部下の2人は「ええっ、めちゃ面白いのに!」と思ったらしいんですね。「個人的に続きを読ませてほしい」と言うので、読んでもらったら、何と大絶賛してくれたんです。「歴史的な傑作です」って。かなりオーバーな賛辞ですが、若い編集者とはいえ、プロがそこまで言うということは、この作品は何かあるかもしれないなと思って、それでちょっとツイッターに書いたんです。そうしたらそれまで「ツイッター見てます」なんてひと言も言ったことのない出版社からも連絡がありまして。数撃ちゃ当たるかなと思って幾つかの出版社の編集者に読んでもらったんです。そうしたら全員が、「圧倒された」「呆然とした」「こんな作品、読んだことがない」って口を揃えて絶賛してくれて、「是非、うちで出させてください」と言ってくれました。もう全然予期しなかった嬉しい悲鳴で、かなり迷って悩んだ末に、結局講談社から出すことになりました。でも他の出版社に断るのが申し訳なくて...、もう二度と同時に原稿を読んでもらうことはしません。

――そして年内に刊行とは、ずい分はやいですね。どういう話なんですか。

百田:昭和30年代から60年代にわたる、アホな男の半生記です。仮のタイトルは「作田又三の冒険」。でも多分タイトルは変わります。下品で下劣で気高さのまったくない小説です。先日25年ぶりに読み返して直しをいれたところですが、自分で言うのもなんですが「とてつもない凄まじいエネルギーに満ちた作品」やと思いました。二度と書けません。もしかしたら私の最高傑作かもしれません(笑)。それが年内に出て、来年の春くらいに、今『新刊ニュース』で連載している「幸福な生活」という連作短編が出ます。

(了)