第126回:須賀しのぶさん

作家の読書道 第126回:須賀しのぶさん

明治期に一人の少女が大陸に渡り、自らの人生を切り開いていく『芙蓉千里』シリーズがいよいよ完結を迎えた須賀しのぶさん。歴史の知識、アクションあり驚きありの冒険譚はどのようにして生まれるのか。幼い頃からの読書遍歴をうかがってそのあまりの“須賀さんらしさ”に膝を打ちます。作品に込めた熱い思いも語ってくださいました。

その2「氷室冴子&トーマス・マン」 (2/6)

クララ白書〈1〉 (Saeko’s early collection〈volume.3〉)
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トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す (新潮文庫)
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――氷室冴子さんは最初何を読んだのですか。

須賀:『クララ白書』です。そこから一気にコバルト文庫にいきました。久美沙織さんの『丘の上のミッキー』のシリーズや新井素子さんも読みました。受験を境にコバルトはだんだん読まなくなりましたけど、氷室冴子さんだけは、ずっと読み続けていました。出会いの時期って大切だと思う。もうちょっとはやかったり、もうちょっと遅かったりしたら、あそこまでこなかったと思う。

――小学6年生の頃にそこまで心を掴まれたのはどうしてだったんでしょう。

須賀:身近だったんだと思います。普通の人が普通の感性で普通じゃない人たちと夢のような学園生活を送っている。あのしーのという主人公はよく作られた人物だって今なら分かるけれど、当時は本当にリアルに感じました。恋愛が二の次三の次のところもよかったし、寄宿舎生活は高橋由佳利さんの漫画にもあって、ツボでした。『クララ白書』ももちろんよかったんですけれど、そのあとに『白い少女たち』や『さよならアルルカン』、『シンデレラ迷宮』といった、ちょっと暗さがあるものを読んだら、これはもう青春期にはきますよね。自分のことが書かれているように感じて、この人の作品はなんてえぐってくるんだろうと思いました。そのあとに『ざ・ちぇんじ!』や『なんて素敵にジャパネスク』を読み、それから『銀の海 金の大地』という古代日本を舞台にした大河小説が出たんですが、もうこれはドンピシャで、夢中になりました。

――歴史好きとしてはそうですよね。ちなみに学校の歴史の授業は得意だったのでは。

須賀:世界史の成績だけはよかったですね。あとの授業は基本寝てました(笑)。

――さて、コバルト文庫のほかにはどのようなものを。

須賀:トーマス・マンです。中学1年生で『トニオ・クレーゲル』を読んだんですよ。あれは永遠の中二病小説ですが(笑)、自分も真っ最中だったんです。トーマス・マンの小説全部に共通しているんですけれど、合理的な大衆社会とまったく非合理的な芸術社会とがあって、そのどちらに対しても愛憎があって引き裂かれていくところがある。大衆に憧れているけれど軽蔑もしていて、芸術のほうに行きたいけれども行けなくてというアンビバレンスがあるんですよね。私は中学校時代にいじめられたことがあって、傷ついているのに「こんなバカな奴らにいじめられてもどうってことないわ」と言い訳している時期だったので、ことさらこたえたんだと思います。このままトニオ・クレーゲルのように生きていたら私はおかしくなってしまうとも思いました(笑)。そこからトーマス・マンをひたすら読み漁りました。『ブッテングローブ家の人々』といった一族の没落記とか『魔の山』といった一代記も好きでした。トーマス・マンからドイツ哲学にもいってハイデガーやニーチェ、ショーペンハウエルにいきました。つまりは中二病真っ最中の時に中国と断絶していきなりドイツにいったわけです。

――それはまた厭世的な気分を促進させるものを読みましたね。その頃の女の子ってグループで行動したがりますが、須賀さんはそういうのが苦手な子だったのですね。

須賀:すごく嫌いでした。でもトイレに先にひとりで行くと怒られて、その後シカトされるんです。それでしぶしぶやっていました。そういう時にこうした本を読んだという。あんまり内容を憶えていないので、きちんとは分かっていなかったと思うけれど、今思うと恥ずかしいですね(笑)。

――まだ自分で小説は書いていなかったのですか。

須賀:小説は書いていなかったんですが、架空の一族史というのを作っていました。何年に○○が生まれる、とか書いて一人でニヤニヤしていましたね。それが後ほど「流血女神伝」で活きてくるんですけれど。

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