第126回:須賀しのぶさん

作家の読書道 第126回:須賀しのぶさん

明治期に一人の少女が大陸に渡り、自らの人生を切り開いていく『芙蓉千里』シリーズがいよいよ完結を迎えた須賀しのぶさん。歴史の知識、アクションあり驚きありの冒険譚はどのようにして生まれるのか。幼い頃からの読書遍歴をうかがってそのあまりの“須賀さんらしさ”に膝を打ちます。作品に込めた熱い思いも語ってくださいました。

その5「野球観戦は欠かせない」 (5/6)

――さて、デビューしてからの読書生活はいかがでしたか。

須賀:デビューした頃は、実はコバルトは氷室さんしか読んでいなかったため、私が中学生のころからずいぶんレーベルのカラーが変わっていたことに気づきました。そこからひたすらライトノベルや少女小説を読み漁りました。ウケるキャラクターの書き方とか、シリアスとコメディのバランスなんかを研究しました。その一方で、歴史系のドキュメンタリーは、書店で見かけたらとにかく買う、という感じでした。

――一日のタイムテーブルはどのようになっているのでしょう。

須賀:昼くらいに起きてごちゃごちゃを家事をやって、執筆は夜から朝までですね。ただ、高校野球や大学野球が始まる時期になると、だんだん朝型になってきます。高校野球は地区戦から行きますし。

――えっ。昔からそれほど野球が好きだったのですか。

須賀:父がずっと草野球をやっているんです。70歳を過ぎた今もやっているんですよ。それでよく連れて行ってもらいました。まあ、父は巨人ファンなので今は楽天ファンの私とは敵同士なんですが。子供の頃はそこまで好きではなかったんです。でも劇的な試合を見ると変わりますね。私の場合、高校野球で尽誠学園にいた伊良部を見たことがきっかけだったと思います。地元・埼玉の浦和学院が尽誠学園と対戦して、それで試合を見たんです。なんだこのピッチャーは、と思いました。球もものすごくて、本当にエースという感じで、しびれました。細くて格好よかったし。

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――じゃあ今でも試合を見ながら有望な選手をチェックしたりとか?

須賀:スコアを取りつつ、脳内ドラフト会議はよくやってます(笑)。昔は午前中に高校野球を見て午後は大学野球、夜はプロ野球を見てその後で仕事...という生活を送っていて、熱だしたこともありました。怒られました...。

――今は楽天を応援しているとのことですが、それはどうして。

須賀:両親が東北の出身ということもあるんですが、当時大学野球で明治にいた一場靖弘投手がプロ入りする時にいろいろ問題があって、結局楽天に入ったんですよね。それもあって応援しようかなと思っていたところにノムさんが監督がきて、田中将大がきたので。それまではぼんやりとヤクルトを応援していたんですが、はっきりと応援する球団が決まるとこんなに楽しいのかと気づきました。野球の短編もいくつか書いているんですよ。今は幻冬舎の『星星峡』で社会人野球の話「乙女座スラッガー」を連載しています。

――野球関連の本も読まれるんですか。

須賀:ノムさんの本などはだいたい読んでいます(笑)。野球漫画も大好き。三田紀房さんの野球漫画はほぼ全部持っていると思う。高校野球漫画に理論を取り入れたはじめての人なんじゃないかな。いちばん有名なのは監督の話の『クロカン』で、あとは『甲子園に行こう!』もありますね。今連載中なのは『砂の栄冠』といって、これがまた面白くて。試合の様子をリアルに細かく描いたものもありますが、漫画にはやっぱりケレン味もほしい。三田さんはそこらへんが絶妙なんです。見せ方をちゃんと分かっている方で、勉強になります。でも自分で小説で野球を書こうとすると、これがまた難しいんですよね。「乙女座スラッガー」は女性に読んでもらいたいと思っているので、細かく戦術を書いてもしょうがないし、といってそれぞれの私生活とか色恋で読ませたいとも思わないし。

――最近の読書生活というと、資料が多そうですね。

須賀:資料ばかりですね。面白そうな本は買って、ちらちらとは読んではいるんですけれど。ノンフィクションで面白かったのはトニー・ジャットの『ヨーロッパ戦後史』。昔からたいへんお世話になっているみすず書房の本です。こういう歴史書を読むとうっとりします。大局から入りあらゆる分野を細かく的確にバランスよく語る。ある程度の時間が経ったからこそできるその時代の再評価、再構成。膨大な知識、公平な視点、そしてとっても英国人らしい皮肉をまぶした語り口調。トニー・ジャットの著者はバランスがとてもよくて理想です。去年読んで面白かった小説というとジョナサン・リテルの『慈しみの女神たち』とフェルディナント・シーラッハの『犯罪』。『慈しみの女神』たちはナチスドイツの話です。2006年にゴンクール賞とアカデミー・フランセーズ文学大賞を受賞しているんですが、アメリカ人なのにフランス語で書いているんですよね。どうしても読みたかったので英訳が出た時に買って苦労して読み進めたもののあまりの長さに挫折したので、もっとはやく邦訳で読みたかった。でもあの分量を出してくれただけでも感謝しなければなりませんね。 『犯罪』は文章のそぎ落とし方がすごいですね。ドイツの小説ですが、ドイツ文学ってロマン主義のようにこれでもかというくらい内面を語るものもある一方で『犯罪』みたいなものがあるんですから両極端ですよね。揺り返しがあるんでしょうね。

――ナチスが絡む小説も結構ありますよね。ベルンハルト・シュリンクの『朗読者』とか。

須賀: 小説を読まなくなった時期でも、ナチス絡みと聞けば、とりあえず買ってました(笑)。そういえばフォーサイスも『オデッサ・ファイル』から入って一時追いかけてました。海外で追いかけていたといえば、ジェイムズ・エルロイ! L.A.四部作なんて吐きながら読んで、吐くものがなくなる頃にはハマってました(笑)。その流れで馳星周さんの『不夜城』とかも夢中になって、あとこれはハードボイルドになるのでしょうが、大沢在昌さんの「新宿鮫」シリーズ2作目の『毒猿』がめちゃくちゃ好きです。ロマンスになりきれないという形の、極上のロマンス。ノワールとかハードボイルドと少女漫画って本質的なところが似ている気がするので、"男の少女漫画"と思って読んでいます。

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