第126回:須賀しのぶさん

作家の読書道 第126回:須賀しのぶさん

明治期に一人の少女が大陸に渡り、自らの人生を切り開いていく『芙蓉千里』シリーズがいよいよ完結を迎えた須賀しのぶさん。歴史の知識、アクションあり驚きありの冒険譚はどのようにして生まれるのか。幼い頃からの読書遍歴をうかがってそのあまりの“須賀さんらしさ”に膝を打ちます。作品に込めた熱い思いも語ってくださいました。

その4「はじめて書いた小説が読者大賞受賞」 (4/6)

――小説を書き始めるのはいつだったのですか。

須賀:大学3年生の時です。ゼミとバイトで行き詰っていて、レポートの締切に嫌々取り組んでいた時に、どうせ文章を書くなら自由に書いてみたいと思ったんです。それで突然書き始めて100枚できたんです。せっかく書いたから出してみよう、となりました。SFっぽいラブストーリーだったので、応募するならコバルトじゃないかな、って。その頃も氷室さんの本は買っていたんですが、文庫の巻末にコバルトノベル大賞の募集要項が載っていて、しかも審査員に氷室さんがいると知って。もしかしたら読んでもらえるかもしれないなと思い応募して、たまたまひっかかってデビューすることになりました。

――最初の応募作がデビュー作となる『惑星童話』だったのですか。それまでSFって読まれていましたっけ、「銀英伝」以外で。

須賀:全然読んでいなかったんです。「銀英伝」を薦められた時も「SFはちょっと...」と言ったら「歴史オタならいけるよ」と言われたので読んだというくらい、SFにはうとかったんです。お恥ずかしい話ですが、たまたま雑誌の『ニュートン』を立ち読みしたんです。浦島効果について書いてあって、これはいけるわと思ってコテコテの話を書いてしまいました。あれはSFを読んでいたら恥ずかしくて書けなかったですね。あ、結局『ニュートン』は書くにあたって手元にないと困るので買いました(笑)。大学3年生の時に応募して就職活動をしている4年の頭に受賞したという知らせをもらいました。私の時代は就職氷河期に入っていて行き詰っていたこともあって、とち狂って「私は小説家になる」と言って親に怒られました。でもそうそうチャンスはないし、氷室さんも書いているコバルトに書けるんだし。母親が本好きだったので「いいんじゃない」と言ってくれましたが、父は嫌がりました。

――あれ、家にロシア文学全集があったくらいですから、お父さんも本好きではなかったのですか。

須賀:父は冒険小説は源氏鶏太のサラリーマン小説が好きだったので、あのロシア文学全集は母のものだったのではないかと思います。今は確認にしようがないんですが。

――授賞式で氷室冴子さんにお会いできたのですか。

須賀:氷室さんにお会いできるなんてもうどうしましょう!! という感じで。遠くから見ていても明らかに私の周りにお花が咲いていたと言われました(笑)。その時の審査員は眉村卓さんと佐々木譲さんと岩舘真理子さんでした。コバルトの審査員って、意外に思われるかもしれませんが、別ジャンルの大家の方々が参加しているんですよね。

――結局、卒業後は就職せずに専業作家になったのですよね。

須賀:ふたつのことはできないので。芽が出るかどうかは分からないけれど、2年は小説オンリーでやって、駄目だったら改めて就職活動をするといって親を説得しました。担当編集者にも就職しろと言われたんですけれど、私は駄目だったんです。これを逃すと永久に小説を書く機会がなくなる、と思いました。同時に受賞された方たちは本当に上手で、私は本当に下手だったんです。私が書いた文章だけ小学生の作文みたいで、これはまずい、打ち込んで書かないと、と思いましたね。コバルトの作家って生き残るためには、はじめの数年で何か売れるものを出さないと駄目なんです。それでせめて2年間は小説に集中したかった。

――文章力を磨くためにどのようなことをしたのですか。

須賀:「とにかく書け」と言われました。書かないとうまくならないって。「うまい文章を書き写すといいんでしょうか」と訊いたらそんな必要はないって。「あなたの文章はヘンな翻訳文体みたいだから、とにかく簡潔に書け、2行以上はつなげるな」って。読みやすくて簡潔というのはライトノベルには必須事項。それを気をつけて書いているうちにリズムなどは分かってきた気がします。

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――そこからすぐ次の作品にとりかかっていったわけですよね。

須賀:本当は「流血女神伝」という、後に書くことになる話を書きたかったんです。ファンタジー全盛の頃だったのでいけると思ったんですが、女の子が王子様の身代わりになって、男として皇宮に入って......と冒頭のプロットはとにかく王道パターンなので「お前は下手なんだからそんな王道を出しても埋もれる」と言われてしまいました。「変わったことをやりなさい、何かないのか」と訊かれて「戦争ものとかが好きで...」と言ったら「それだ」って。今まで書いた人がいないからそれをやれ、って。それでいきなり『キル・ゾーン』という軍隊ものを書くことになりました。軍隊ものといってもグロテスクな描写は排除しなくちゃいけなくて、血も書いてはいけなかったんですけれど。全然売れなかったんですが、当時の編集長が「これは変わってて面白いからしばらく続けましょう」と言って、続けさせてくださったんです。ちょうど担当さんが少女漫画から移ってきた方で、少女漫画のセオリーをいろいろ教えてくださいました。あらゆるタイプのイケメンを揃えて主人公と絡ませろ、とか。そういうセオリーはまったく自分にはなかったので勉強になりました。だいぶ鍛えられたと思います。それで軍隊ものを続けていたけれどやっぱり歴史ものが書きたくて、『芙蓉千里』のプロットもコバルトに出したことがあります。その頃はもう大河少女漫画がなくて、読みたいのになんでなくなっちゃったんだろう......と 思っていたので、じゃあ自分で書こうと思ったんです。漫画は描けないので、小説で(笑)。

――でもコバルトから出なかったということは、案が通らなかったのですか。

須賀:コバルトでは昭和や満州というとどんなにストーリーが少女小説であっても駄目なんです。軍隊ものも最初は70年代くらいを舞台に考えていたら、SFでデビューしたんだから、なんちゃってSFにしなさいと言われました。リアルを感じさせちゃいけないんですよね。歴史ものも、氷室先生が描かれていたので平安はOK。日本だと下っても戦国ぐらいまでですかね。海外だと、認識としてはファンタジーみたいなものってことで中国古代は可。でも江戸はNGで近現代はもってのほか、西洋も絶対ダメ。徹底していましたね。

――その後コバルトで執筆された「流血女神伝」は須賀さんの代表作ともいえる大河少女小説。このたび第一巻の『帝国の娘』が角川文庫から新装版で刊行されました。このシリーズは高校生の頃に書いていた家系図がのちに活かされたということですが、ずっとあたためていたわけですよね。

須賀:女の子が閉ざされた世界から出ていって成長していく話が好きなんです。自分は高校の時に物事の考え方の転換点があったわけですが、思春期のど真ん中の中学時代では、どうしてもひとつの見方に固執して、閉塞感も半端なかった。そのころに気づいていればもっと楽だったかな、と思って。だから、その世代の読者さんが、私がしーの達を見てわくわくしたように、同じ年頃のヒロインがどんどん世界をひろげていくのに寄り添ってわくわくしつつ、物事はびっくりするぐらいいろんな見方があってどれも否定する必要はないんだってことを伝えられればなって思ったんです。それで『流血女神伝』の シリーズに取り掛かったんですが、最初に編集者に「これを書き終わったらもうコバルトで書くものはないです」と言いました。全10巻くらいのつもりだったんですが、最終的に外伝や番外編もいれると27巻になりました。

――コバルトでできることを、この作品に詰め込んだわけですね。

須賀:少女小説や漫画を読んでいて、子供のころから不思議に思うことがあったんです。学園ものなどならともかく、なんでスパンの長い大河系の話で、ヒロインはどんどん新しい世界にいくのに、初恋を貫いたり、幼なじみとくっつくパターンが多いのだろうと。いざコバルトに入って、ヒロインはどんなに破天荒であっても、恋愛はとことんピュアで基本受け身という点は絶対に押さえなければいけないとわかったんですが、やっぱり不思議で。環境が激変すれば主人公の物の見方もまるで変わって、新しい出会いもたくさんあって、なのになぜ恋の相手だけ昔のままなのかと。ジャンル制約といえばそれまでなんですが、歴史ものを書きたいのにそれはダメ、なおかつそこもダメ? よしそれなら、時代はごまかしようがないから、後者をどうにかしようと(笑)。だから『流血女神伝』をはじめる時、「セオリーを全部破ります。行く国や文化が変われば相手役も変わります、ついでに全部違う男の子供を産ませます」って言ったら男性編集者が引いてました(笑)。でも、濡れ場とかは書かないし、最後の最後はちゃんと王道に戻すから! と説得して実現しましたが。

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