第151回:奥泉光さん

作家の読書道 第151回:奥泉光さん

芥川賞作家ながらミステリやのSFといったジャンル小説の要素を多分に含み、時にはユーモアたっぷりの作品も発表してきた奥泉光さん。小学生の時に出合い、作家としての自分の原点となった2冊の作品、大学でハマった読書会、小説家について大切なことなど、読書にまつわるさまざまなお話をうかがいました。

その2「影響を受けた作家&作品」 (2/6)

  • 赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)
  • 『赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)』
    庄司 薫
    新潮社
    497円(税込)
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  • 春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)
  • 『春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)』
    三島 由紀夫
    新潮社
    767円(税込)
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  • われらの狂気を生き延びる道を教えよ (新潮文庫)
  • 『われらの狂気を生き延びる道を教えよ (新潮文庫)』
    大江 健三郎
    新潮社
    679円(税込)
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  • 洪水はわが魂に及び(上)(新潮文庫)
  • 『洪水はわが魂に及び(上)(新潮文庫)』
    大江 健三郎
    新潮社
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  • ピンチランナー調書 (新潮文庫)
  • 『ピンチランナー調書 (新潮文庫)』
    大江 健三郎
    新潮社
    810円(税込)
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――そこから読書好きの少年となっていったわけですか。

奥泉:いえ、中学、高校では野坂昭如が好きだという奴がいたり、いつもカフカを読んでいる奴がいたりしましたが、僕はそこまで読むという感じではありませんでした。どちらかというと中学から音楽少年になっちゃって。小学校高学年からウクレレをはじめ、ギターを始め、中学でフルートやピアノをやって...という。FM放送もどんどん聴けるようになったし、家のステレオで音楽をかけて。クラシック、ジャズ、ロック、ポップス、なんでも好きでした。

――その頃、将来なりたかったものといいますと...。

奥泉:具体的にあります。NHKの大河ドラマの音楽を作る人になりたかったんです(笑)。作曲家というか、アレンジャーになりたかった。フォークシンガーのようなスリーコードしか使わないものは俺はやりたくない、と生意気にも思っていて、もっと手の込んだアレンジの曲をやりたいと思っていました。同じ音楽でもコード進行やらリズムやらを変えることで、別の曲として生まれ変わるということが面白かった。だからコード理論を独学で勉強しましたね。ちょうど渡辺貞夫がバークレー音楽院に留学して、バークリーメソッドの本などが出ていたので、それを一生懸命読みました。作曲家のバード・バカラックになりたかったんです。

――では読書といえば音楽系のものばかり...。

奥泉:小説を全然読んでいなかったわけではないんです。その頃読んで印象に残っているのは松本清張ですね。僕の父は数学の先生で本をすごく読むわけではなかったんですが、ミステリだけは好きだった。それで松本清張が家にあったんですね。当時は彼がベストセラー作家の時代です。社会的な出来事にも影響を受けていたようで、庄司薫さんの『赤頭巾ちゃん気をつけて』が芥川賞を受賞した時に読みました。三島由紀夫の『豊穣の海』もそれなりに面白く読みましたね。といって、その作家の他の作品をどんどん読んでいくわけではありませんでした。
 思想形成という意味では、山下洋輔さんの影響を受けています。僕が中学生くらいの頃から『ライトミュージック』という、ちょっとマニア向けの音楽雑誌に、のちに『風雲ジャス帖』という一冊の本になるエッセイを連載していたんですね。それを毎号読んでいました。だからジャス周辺のライターの書くものもよく読みました。僕は嫌いだけれども間章、近藤等則さんとか。嫌いというのは、彼の文章は "超"格好つけた文章なんですよ。詩みたいで、何を言っているのか分からない。でも青山真治さんが『AA~音楽批評家・間章』という映画を撮っているんですよ。これが大友良英さんとかへのインタビューで構成されている、7時間以上の作品なんです。あれはびっくりしましたね。
山下さんたちの主張は、一口で言えば人生はアドリブだということ。セッションという考え方も大事で、これは哲学的に言うと対話性ということになりますね。批評性という言い方もできるかな。とにかく何か音を出してみて、そこから始まっていく。その問題は『鳥類学者のファンタジア』で展開しています。

――小説家で、そんな風に影響を与えられた作家はいなかったのですか。

奥泉:高3から浪人くらいの頃に、いわゆる文学というものを面白いと思って読むようになりました。日本人作家は大江健三郎と倉橋由美子。安部公房も好きでしたね。大江さんの作品では『洪水はわが魂に及び』が好きでしたね。その後『ピンチランナー調書』や『同時代ゲーム』くらいまでを追うと同時に、遡って初期作品も読みました。『芽むしり仔撃ち』や『日常生活の冒険』『万延元年のフットボール』...。どれも印象深く読みました。言葉のパワーを感じましたね。それから大江さんたちのエッセイに出てくる海外作家も読むようになりました。ドストエフスキー、カフカは当時流行っていたということもあります。サルトルやジュネは面白いと思えなかった。カミュはまあまあでした。ドストエフスキーは断然面白かったですね。『罪と罰』、『悪霊』、『カラマーゾフの兄弟』...。作品に"熱病のような"というフレーズがよく出てきますが、まさに寝食を忘れて読みました。
 カフカは最初に『変身』を読みました。当時僕は埼玉の県立の男子校に通っていたんですが、学園闘争の後の時期なんですよね。学園闘争は高校でもあったけれど、先生も反対しなかったし、わりとうまくいったんです。制服が廃止になったり、週一回だけの自主講座を獲得したりして。上からの押しつけじゃなく自分たちが学びたいものを学ぶべきだろう、というのが自主講座で、男ばかり40人で何かやらなくちゃいけないことになり、それでみんなで本を読んでディスカッションすることになったんです。その時に読んだのが『変身』だったのでよく憶えています。カフカはそんなに面白いと思えませんでしたが『変身』『審判』『城』あたりは魅力を感じましたね。

  • カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)
  • 『カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)』
    ドストエフスキー
    新潮社
    907円(税込)
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