第151回:奥泉光さん

作家の読書道 第151回:奥泉光さん

芥川賞作家ながらミステリやのSFといったジャンル小説の要素を多分に含み、時にはユーモアたっぷりの作品も発表してきた奥泉光さん。小学生の時に出合い、作家としての自分の原点となった2冊の作品、大学でハマった読書会、小説家について大切なことなど、読書にまつわるさまざまなお話をうかがいました。

その6「日々の読書、新作『東京自叙伝』のことなど」 (6/6)

  • 深海のYrr 〈上〉  (ハヤカワ文庫 NV シ 25-1)
  • 『深海のYrr 〈上〉 (ハヤカワ文庫 NV シ 25-1)』
    フランク・シェッツィング
    早川書房
    864円(税込)
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――本はどうやって選んでいるのですか。

奥泉:人からの情報が大きいですね。書評とか口コミとか。知り合いの信頼できる人に「面白い」と言われると手に取ります。『深海のYrr』はドラマーの小山彰太さんに教えてもらって読みました。

――一日のうち執筆時間、読書時間は決まっているのですか。

奥泉:執筆は朝はやく起きて午前中。午後は読書。外に出かけた時がいちばん読めますね。用事を終えてちょっと時間があると喫茶店に入って本を読む。だから出かける時は本を持っていくんだけれど、どれを読みたくなるのか分からないから何冊も持っていかなくちゃいけない。

――小説は事前にきっちりと構成を決めてお書きになるのですか。

奥泉:決めないで書きますね。文章を作っている時の集中力で物事を考えたいんです。事前にももちろん、だいたいのストーリーみたいなものは考えますが。

  • 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活 (文春文庫)
  • 『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活 (文春文庫)』
    奥泉 光
    文藝春秋
    1,780円(税込)
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――『東京自叙伝』は、東京の地霊のような存在が、虫や動物、そして人間から人間へと姿を変え記憶をとどめながら、幕末から現代まで東京の変化を見ていく。こちらのプロットは事前にどこまで考えていたのですか。

奥泉:だいたい幕末から原発事故くらいまでの間の話にしようとか、ヤクザが出てきたら面白いなとか、途中で女性になってもいいな、くらいのことを考えて書き始めました。最初の人物を書いてリズムを作っていった後で、こういう感じで物語が動いていくのかなと思いました。地霊というものも明確に考えたわけではなく、何か変化していくものがあるといいなと思った程度です。実際、この存在が物語を動かしていくわけではないですよね。

――物語として楽しいだけでなく、日本人のものの考え方に対する皮肉も感じられますね。

奥泉:今回はユーモラスというよりもアイロニカルですよね。メッセージを伝えるために小説を書いているわけではないですし、主張をストレートに発信したいなら小説である必要がない。ですが、書く人の基本的な考え方というのは必然的ににじみ出るものだと思います。ただ、小説の命は多層性だと思います。僭越ながら僕が太平洋戦争の死者を小説に登場させてその声を聞く時、最低限守るべきなのは単一の物語に閉じ込めない、ということ。ひとつの物語に閉じ込めて、泣ける話にしてしまう、というようなことはしない。素朴に言えば複数の視点や複数の物語の中に人物を置くということですね。

――今後はどのような題材を選ぶのでしょう。奥泉さんは突然『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』みたいな作品を発表されたりするので、予測がつかないです。

奥泉:近代史や戦後史はまた書くと思います。今『群像』に書いているのは、もうすぐ22世紀という時代が舞台の、純然たるSFです。これは失敗することを目指しています(笑)。いとうせいこうさんとの文芸漫談でいろんな作品を取り上げていると、魅力ある失敗作ってあるんですよね。二葉亭四迷の『浮雲』なんて超失敗作ですよ。最後は破綻している。尾崎紅葉の『金色夜叉』だって最後が終わっていない失敗作。だけどどちらも、失敗しているところがチャーミングなんです。僕はどこか職人的なところがあって、失敗したくないという気持ちが強すぎる。それを反省して、もっと破綻してもいいんじゃないかと思っているところです。魅力ある失敗作なんて狙ってできるものではないので、どうなるかわかりません。来年前半くらいまで連載する予定です。

(了)