第154回:越智月子さん

作家の読書道 第154回:越智月子さん

2006年に小説家デビュー、その後『モンスターU子の嘘』や『スーパー女優A子の叫び』で注目度を高めてきた越智月子さん。作家志望だったわけではなく、知人の勧めで小説を書き始めたという珍しいパターンの彼女は、どんな本を読んで、どんな経験を経て作家となったのでしょう? 新作のお話などもあわせておうかがいしました。

その2「学生時代から週刊誌の記者に」 (2/5)

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  • 『新装版 父の詫び状 (文春文庫)』
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    文藝春秋
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――その後の読書はいかがでしょう。

越智:ひとつハマるととことんハマるところがあって、なぜか『ヘレン・ケラー』を、何回読んだか分からなくなるくらい好きになって。サリバン先生が諦めないところも好きだったし、ヘレンが「ウォ、ウォ、ウォーター!」と口にするシーンが本当に好きで。自分が驚いた時にはつねに「ウォ、ウォ、ウォーター!」と言っていました(笑)。姉の通っていた女子校に晩年のヘレン・ケラーが来たという話をちらっと聞いて余計ヘレン・ケラーを身近に感じました。他に印象に残っているのは『ジェイン・エア』と『嵐ケ丘』ですね。
 中学生くらいの頃は太宰治を読みました。その後、高校2年生の時かな、父が向田邦子さんの『父の詫び状』を面白いからとすすめてくれたので、それは読みました。それから向田さんのエッセイなどはときどき読んでいましたね。

――大学進学で福岡から東京に来たのですか。

越智:そうです。最初は立教大学に入学したのですがバブル時代だった当時、立教は女子大生ブームがすごくて、私には性に合わなくて。他にもいろいろ理由はあって、早稲田大学に入り直しました。その頃は村上春樹さんなどを読んでいたかな。いわゆる本好きという人の一歩手前ぐらいまでの感じで話題になった本をたまに読んでいた程度です。

――早稲田は性にあいましたか。

越智:偏差値だけで入れそうな学部を選んで商学部に入ったら、全然勉強が合わなかった。嫌なことは何もしない性格なので、2年で留年が決まって。このままだとまっとうに就職できないだろうし、どうしようと思っていました。その夏福岡に帰省した時に『サンデー毎日』をめくっていたら、記者を募集していたんです。「学歴不問」と書かれていたのでこれしかないと思い応募しました。自分は学生だったのでアルバイトで始めて、そのうち契約記者に昇格できたらいいなと思って。当時の編集長が鳥越俊太郎さんで、同郷だという理由だけだと思いますが、「まあやってみたら」ということになりました。 それで作文を勉強せねばと思って自発的に読んだのがなぜか谷崎潤一郎の『文章読本』でした。
編集部は人数が少なくて、アルバイトでもグラビアの記事を書くんですよね。その頃はテレビも持っていなくて、周囲を比べて私はなんの知識もないなと思っていました。契約帰社になると活版を書かなきゃいけなくなるんですが、私もある日いきなり、今週のニュースとして色川武大さんのお葬式に行って来て記事を書けと言われたんです。その頃はテレビも持っていなくて、色川さんって誰だろう、というくらいのもの知らずでした。さすがにこのままではいけないと思って、そこからちゃんと本を読み始めました。

――どのような本を選んで読んだのですか。

越智:あまりにも知識がないので古いものから読むようになりました。小説よりは随筆のほうがとっつきやすいかなと思い、作品社の「日本の名随筆」シリーズを読み、そこで好きになった作家の小説を読んでいきました。読んで面白かったのは色川武大さん、吉行淳之介さん、開高健さん、遠藤周作さん、円地文子さんや、佐藤愛子さんや田中小実昌さん。小さい頃姉の本棚を見て名前を知っていた人も多かったですね。安藤鶴夫さんという、落語評論なども書く方の文章のリズムがものすごく好きでした。『あんつる君の便箋』や、筑摩書房から出ている評論集などを読みました。

――大学に通いながら記者生活って、大変ではなかったですか?

越智:ヒマネタ担当なので、ずっと取材に出ているわけではなかったんです。でも大学はほとんど行っていないですね。そういうことを言うと親が悲しむんですけれど(苦笑)。鳥越さんや、当時の上司だった牧太郎さんにも「学校には行きなさい」と言われていましたけれど。そのままずっと、ライターをやることになります。週刊誌なので週に1本はどうしても原稿を書かなければいけないので、それはいい経験になったと思いますね。でも今でも書くことは苦手で、ブログやツイッターもやっていないんですが。

――何度も原稿の書き直しを命じられたりしたのですか。

越智:それが姉の読み聞かせのおかげか、原稿は遅かったけれど直されることはあまりなかったです。でも取材が下手でした。ジャーナリスティックな観点がゼロなもので...。
 28歳くらいの頃に契約記者はそろそろ潮時かなと思って辞めて、フリーになりました。フリーになって最初にやったのがリクルートの住宅情報誌と『CREA』でした。『サンデー毎日』の同僚が『CREA』の編集者を知っていて、紹介してもらったんです。本当は女性誌などもやりたかったんですよね。『CREA』ではインタビュー記事をずっとやっていました。その流れで少しずつ他社の雑誌の仕事も増やしていって、一応人物インタビューを中心に記事を書いていました。芸能人、文化人、アイドル、外国人と、いろいろ取材しましたね。

――読書生活はいかがでしたか。

越智:読書はそれまでの流れが続いていて、生きている人よりももういない方の作品が好きでしたね。趣味として読んですごく好きだったのは有吉佐和子さん。好きなものは何度も読むので、『華岡青洲の妻』や『青い壺』、『悪女について』や『恍惚の人』あたりは繰り返し読んでいました。村上春樹さんの翻訳ものも好きで『グレート・ギャッビー』や『ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック』、ティム・オブライエン、レイモンド・カーヴァーの作品もよく読みました。詩も好きでした。茨木のり子さんや金子光晴さん、吉野弘さん。

――どういう傾向の作品が好きだとご自身では思いますか。

越智:ひとつ確実にあるのは、難しい言葉を何も使っていないけれど、ものすごく力があるもの。カーヴァーが『ファイヤーズ』のなかのエッセイ「書くことについて」で、エズラ・パウンドの言葉を引用しながら「基本的な正確さをもって書くことが文章を書くうえでの唯一のモラリティーだ」という旨を述べているのですが、平易で正確に美しく書かれたものが好きです。あとは視点が面白いもの。話が戻りますが、小さい頃に『ちいさいおうち』や『はたらきもののじょせつしゃけいてぃー』が好きだったのも、それだったんだと思います。
固定カメラで同じ場所をずっと見ているような話や、人物ではなく物が主人公なものも好きでした。『青い壺』も、壺が主役で、周囲の人がどんどん変わっていくという点で『ちいさいおうち』に似てなくもないですよね。

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