第154回:越智月子さん

作家の読書道 第154回:越智月子さん

2006年に小説家デビュー、その後『モンスターU子の嘘』や『スーパー女優A子の叫び』で注目度を高めてきた越智月子さん。作家志望だったわけではなく、知人の勧めで小説を書き始めたという珍しいパターンの彼女は、どんな本を読んで、どんな経験を経て作家となったのでしょう? 新作のお話などもあわせておうかがいしました。

その4「デビュー後の変化」 (4/5)

  • きょうの私は、どうかしている (小学館文庫)
  • 『きょうの私は、どうかしている (小学館文庫)』
    越智 月子
    小学館
    514円(税込)
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  • 【復刻版】林芙美子の『めし』―大阪の美男美女の夫婦の倦怠期 響林社文庫
  • 『【復刻版】林芙美子の『めし』―大阪の美男美女の夫婦の倦怠期 響林社文庫』
    林芙美子
    響林社
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  • わたしの渡世日記〈上〉 (新潮文庫)
  • 『わたしの渡世日記〈上〉 (新潮文庫)』
    高峰 秀子
    新潮社
    3,263円(税込)
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  • 開幕ベルは華やかに (文春文庫)
  • 『開幕ベルは華やかに (文春文庫)』
    有吉 佐和子
    文藝春秋
    3,516円(税込)
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――ライターの仕事も続けていたのですか。

越智:そっちのほうがラクなので、そっちばっかりやっていました。それで白石さんに怒られたりするんです。

――小説家になりたい、という気持ちが薄かったんですものね(笑)。その気持ちはどう変化していきましたか。

越智:自分でもよく分からないうちにいろんなことが決まっていって、1作目を書いた後は、もう書く気もなかったんです。『きょうの私は、どうかしている』も、書いたら書いたで周囲から「暗い」とかなんとか言われたんです。アラフォーの話として救いを書いたつもりなのに、誰も気づいてくれずに「救いがない」と言われたことが軽くトラウマになりました。文庫で少し部数も動きましたけれど、単行本の時はパッとしなかったんです。次も書きなさいと言われて中学生の時の思い出を取り混ぜて書いた双子の話の『BE-TWINS』もパッとしなくて、この先どうするんだろうと思っていました。

――お名前はペンネームですよね。

越智:ライターの仕事も続けるつもりだったので、別の名前をつけようと思ったんです。この名前にしたのは、自分が落ち着きがないので...(笑)。40歳をすぎたら女性誌の仕事はこなくなるかなと思っていたんです。でも実際はまだまだ仕事も来るし会う人もいろいろで楽しくて、仕事があるうちはライターをやりたいなと思っていました。そうこうするうちに父が亡くなったんです。私は姉とともにものすごくファザコンなので、かなり落ち込みました。それに加えて人間関係の悩みもあって辛かった時に、石川さんに「昭和の話を書きたいんじゃないですか」と言われて。それで書いたのが『モンスターU子の嘘』でした。

――なぜ昭和の話を提案されたのでしょうか。

越智:ずっと昭和が好きなんです。成瀬巳喜男さんの映画が好きで、映画を観てはその原作をまた読み返すということをしていました。幸田文さんの『流れる』とか林芙美子さんの『めし』とか。
そもそもは、小説の地の文が書けなくて困っていたんです。人がどういう仕草をするのかが分からない、書けない。それで思いついたのが、昔の上手な俳優さんの演技を見るということでした。昔の『白い巨塔』なんかを見て、こういう時にこういう仕草をするのか、と学ぶことをはじめたことがきっかけで、昭和のものを見るようになって。成瀬巳喜男さんなどの、何も起こらないけれどちゃんと話として美しいという、カーヴァーにも通じる静かだけど引き込まれる世界観が好きになりました。あとは若尾文子にすごくハマったこともありました。そういうことを石川さんに熱く語っていたんですよね。それで「昭和」を提案されて、コパカバーナで働いていた方にも月に1回取材に行きました。小説はご本人とは違う話になっているんですけれど。

――その後の『スーパー女優A子の叫び』とあわせて「悪女」シリーズを呼ばれていますね。

越智:「U子」は悪女というよりも人たらしの話を書きたいなと思っていました。真面目な女が違う場所に引きずり込まれていく話ですが、私はプロットを立てられないので、この人だったらどうするんだろうと考えながら書き進めていきました。だんだんと、U子だったらここでこうするとかU子にはこんな過去があったとか、言動がするする浮かんでくるようになって。発想のベクトルがいつもとは違う方向から来たという感じでした。これが、キャラが勝手に動きだす、ということかと思いました。その時に小説を書くのって面白いのかも、とはじめて思ったんです。遅いですよね(笑)。これならこれからも書いていけるかなと思いました。「A子」では女優の話が書きたかったんですね。高峰秀子さんがすごく好きで『わたしの渡世日記』なども読んでいましたし、有吉佐和子さんの『開幕ベルは華やかに』が森光子さんっぽい女優さんが主人公で面白くて。これも悪女を書こうとは思っていませんでした。悪女が好きと言うわけではなく、吸引力が強い女が周囲をふりまわしていく過程が好きなんです。

――越智さんの作品は女性というものもテーマのひとつなのかな、と思っていました。

越智:女子校出身なので、未分化のままというか。女の人が男の子的なところも請け負う社会で暮らしてきたから、そういう意味で共学にいた人とはまた違う、女の人の嫌な部分も良い部分も見てきたなとは思います。私は中学でその学校に入りましたが、長くいる人だと幼稚園からずっといる。女子度が高い学校でした。めんどくさいことも多かったけど、すごく楽しかったですね。

――最近はライターのお仕事はどうされているのですか。

越智:「U子」以降は専業です。恋愛記事を書くことが多かったんですが、そういう歳でもないかなと感じていたし、もしかして物語を書いていくことが私にもできるかもしれないと思って。

――では、一日のサイクルといいますと。

越智:9時から6時まで書いています......というのは嘘です(笑)。そうしたいな、というのはありますが、一度もできたことがないです。非常に不規則ですね。本は締切を終えてしばらく脱力している時期に読んでいます。

――では最近読んだものといいますと。

越智:ここ5年くらい好きなのは荻原浩さんです。石井桃子さん的な何かを感じるんです。文体から受け取る感じもそうだし、ユーモアの感じがどぎつくなくて安心できるというか。

――いろんなテイストの作品を書かれる方ですが...。

越智:私が好きなのは『神様からひと言』や『あの日にドライブ』ですね。『神様からひと言』の大株主のおばあさんの描写のまあ巧いこと。会話文も上手だなあって思うし、作品の空気感がとても好き。他に最近読んだものでは『オリーブ・キタリッジの生活』がよかったですね。ああいうものがいつか書けるといいなと思います。主人公は我が強くて最初は嫌なおばあさんだなと思うけれど、小さな町の中でいろいろ起こって、読み終える頃には彼女のことが好きになっている。海外小説は翻訳が命だと思いますが、小川義高さんの訳は本当にきれいな日本語だなと思います。『停電の夜に』などのジュンパ・ラヒリの訳も小川さんですよね。その小説が好きかどうかはお話だけでなく文章が好きかどうかもすごくキーになる気がしています。
他は、最近は自分が書こうと思うものの参考になるような本を読むことが多いです。

――たとえばどんなものでしょうか。

越智:夫婦ものを書きたいなと思っているので、島尾敏雄さんの『死の棘』とかフィッツジェラレルドの『夜はやさし』を読んでいます。書き始める前に、資料というわけではないけれど、イメージに合うかなと思ったものをがーっと読む、ということは『モンスターU子の嘘』以降やっています。

  • オリーヴ・キタリッジの生活 (ハヤカワepi文庫)
  • 『オリーヴ・キタリッジの生活 (ハヤカワepi文庫)』
    エリザベス ストラウト
    早川書房
    1,015円(税込)
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