第154回:越智月子さん

作家の読書道 第154回:越智月子さん

2006年に小説家デビュー、その後『モンスターU子の嘘』や『スーパー女優A子の叫び』で注目度を高めてきた越智月子さん。作家志望だったわけではなく、知人の勧めで小説を書き始めたという珍しいパターンの彼女は、どんな本を読んで、どんな経験を経て作家となったのでしょう? 新作のお話などもあわせておうかがいしました。

その3「突然小説家を目指すことに」 (3/5)

  • この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 上 (講談社文庫)
  • 『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 上 (講談社文庫)』
    白石 一文
    講談社
    648円(税込)
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  • 僕のなかの壊れていない部分 (光文社文庫)
  • 『僕のなかの壊れていない部分 (光文社文庫)』
    白石 一文
    光文社
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――ところでライターとして作家にもたくさんインタビューされたのはないですか。何か思い出がありましたらぜひ。

越智:著者インタビューは苦手でしたね。何を訊いていいのか分からなくて、作品の感想も「面白いですね」としか言えなくて(笑)。  緊張したのは白石一文さんの『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』のインタビューの時。白石さんはいろいろお世話になった方なのでものすごく緊張して、全作読み直して何でも言えるように準備して、でも緊張して言えない、どうしよう、と思っていたら、こちらが何も訊かないうちに全部話してくださいました(笑)。
 白石さんの作品では短篇集の『不自由な心』がとても好きです。短篇もお上手ですよね。明るくないけれど清々しくて、不自由だけど自由であるという。長編の『僕のなかの壊れていない部分』や『一瞬の光』などももちろん好きなんですけれど。

――越智さんが作家デビューするきっかけは白石一文さんだそうですね。

越智:講談社の雑誌で「作家の本棚」という特集をやったんです。以前、北上次郎さんに取材した際、「今面白い作家はいますか」と訊いたら「白石一文さんです」と教えてくださったんです。お名前を聞いてすぐ『不自由な心』を読んでいいなと思ったので「作家の本棚」の依頼をしたところ、「乗り気ではないけれど一度会いましょう」ということになりまして。白石さんはまだ文藝春秋の社員で、赤プリの喫茶店でお会いしたんです。私は読書量も多くないし感想を言うのが上手ではないけれど、その時は取材を受けてほしくて一生懸命喋ったんですよ。そうしたら圧迫面接かのように矢継ぎ早の質問攻撃にあって(笑)、個人的なことも「はいはいはい」ってはきはき答えていたんです。2時間半くらい。それがよかったみたいで、最後には身を乗り出すように語ってくださって。結局依頼は断られましたけど。

――え、そんなに話して断られたんですか(笑)。

越智:その時に「好きな本を読んでこれなら私も書けるわと思ったことある?」と訊かれて、なんとなくその場の勢いで「あー、はい」と言ったら「じゃあ書きなよ、本」と言われて「あー...」と。その時は結局依頼も断られたし、私の中ではこのことは終わった感覚だったんです。そうしたら1か月後くらいに白石さんから電話があって「『諸君!』に異動になったから何か仕事をしよう」と言われました。枠にとらわれないのが白石さんのやり方らしく、「好きなことをやりなさい」と言われ、怖いし断れないわと思って、女性誌で取材していた方のお話をノンフィクション風に書いてみたんです。それを期日に持っていったら、読んだ白石さんが「これはもう小説だから」って。「もっと小説風に書き直して」と言われて。小説なんて一度も書いたことがないし書こうと思ったこともないのに見よう見まねで小説風に書いて持っていったら、小学生の作文の添削みたいに「ここは上手」と花丸を書いてくれたり「ここは時制が違う」と指摘されたりして。それで、「これを新人賞に応募してみたら?」って言われました。それが40歳くらいの女性の話だったんです。まだアラフォーという言葉はなかったんですけれど、「40歳くらいが主人公の短篇を何個か書いたら本になるかもしれないよ」と言われました。

――それがデビュー作『きょうの私は、うかしている』の最初の短篇になったのですか。

越智:それから少しして白石さんが小学館の石川和男さんに私の話をして、その時の原稿を見せてくださったんです。石川さんから「本にしましょう」と電話がかかってきて、40歳くらいの短篇を何本か書くことになりました。白石さんに「デビューできるかもしれません」と伝えたら「ね?」って。「僕に翻弄されるのって楽しいでしょ?」って(笑)。そこから1か月に1本という約束をして短篇を書いていきました。ある程度書いてから「きらら」に連載という形で載せてもらったんです。単行本が出たのが2006年ですが、それが2004年くらいの出来事ですね。

――はじめて短篇を書くために何か参考にした作品などはありましたか。

越智:向田邦子さんをすごく読みました。前から読んではいましたが、勉強しようと思って読むと本当にすごいなと思いました。向田さんはテレビの脚本もやってらした方だから、読むと絵が浮かぶんですよね。私は一瞬を切り取る方法しか分からないしできないから、向田さんの、特に『思い出トランプ』などの瞬間の切りとり方というのはものすごく勉強になりました。それに、眼差しが厳しいけれど優しいですよね。図に乗っている人を落とす視点とか(笑)。女性作家なんだけれどもちょっと男性っぽくてじめじめしていないところも好きです。
 三浦哲郎さんの『短篇集モザイク』シリーズも一生懸命読みました。どれも原稿用紙10枚くらいの短篇なんですが、そこに人生が凝縮されていて小説の「体」みたいなものを学びました。「じねんじょ」なんかは置屋の娘が顔を知らないお父さんに会いにいって自然薯をもらうという、それだけの話なんですが感動してしまう。何を書いて何を書かないかということなんだなと分かって、それはもう体得するしかないな、と思いました。  ほかには講談社文芸文庫の「戦後短篇小説発見」のシリーズもよく読んでいました。

――文章を書きうつしたりはしましたか。

越智:いえ、じっと見ていました。向田さんや三浦さんは紙面もきれいなんですよ。言葉を選びに選んでいるように思います。

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