第156回:沢村凜さん

作家の読書道 第156回:沢村凜さん

架空の国を舞台にした骨太なファンタジーから、ご近所ミステリ連作集までさまざまな作風で読者を楽しませてくれている沢村凜さん。幼い頃から本好きだった沢村さん、ご自身の作品にも多分に反映されている模様。グァテマラに住んだ経験やその頃読んだ本など、貴重な体験も交えて語ってくださっています。

その3「思い切ってグァテラマへ」 (3/5)

――その後1998年に『ヤンのいた島』で第10回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞されていますね。その間、担当編集者はついていなかったのですか。

沢村:決して縁が切れたわけではなく、細く長くつながっていましたし、励ましてくださいました。よく「1年以内に次の作品を書け」とか「3年経って書けなかったら終わり」などと言いますが、もっと長い目で見ていてくれたんです。一度お会いした時に「なぜ次を書かないの? 才能あるのに」と言ってくださって、その言葉がずっと長い間支えになっています。栗原さんという、もう退職された編集者の方です。なかなか書けない時期に中南米のグァテラマに行っていたんですが、その時もエッセイを書いてみてはどうかと葉書もくれましたし。結果的に書いたものを本にしてくださっています。

――『グァテマラゆらゆら滞在記』ですね。なぜグァテマラに行ったのですか。

沢村:きっかけは、グァテマラのお守りのトラブルドールという、小さな人形をもらったことです。その時はどこにある国かもよく分かっていなかった。それをモチーフに小説を書こうとして調べたら、思ったのとは違う場所にあって驚いて、そこから興味を持ちました。もうひとつ、30歳になるのを機に人生で絶対にやらないと思っていたことを新しく始めてみようと思い、誕生日にスペイン語の辞書を図書館で借りてきて勉強を始めたんです。そうしたらハマりました。 他に、1992年にノーベル平和賞を受賞したグァテマラのマヤ系先住民の人権活動家のリゴベルタ・メンチュウさんの『わたしの名はリゴベルタ・メンチュウ』という本に感銘を受けたことと、上野清士さんの『ポコ・ア・ポコ グアテマラ/エル・サルバドルの旅』というエッセイを面白く読んだのも大きかった。ホームステイしてスペイン語を学べるアンティグアという町があることも知りました。一応、外国人たちを受け入れる態勢があって、バックパッカーたちが立ち寄って2~3週間滞在する。語学学校もなかにはいい加減なものもあって当たり外れがあるんですけれど。私は日本の代理店に頼んで手続きしましたが、ホームステイと学校のお金をあわせて週100ドルくらいでした。それでも高いほうで、バックパッカーたちは値引きの交渉をしていましたね。私は期間は決めず片道チケットで行って、居心地がよいので結局1年もいました。性に合っていたようで、今でも懐かしく思います。食べ物もメキシコ料理ほど辛くなかったし、とうもろこしの粉で作るトルティーヤも、メキシコのものよりもっとゴツゴツしていましたが、慣れるとそれも美味しくて。ティカルの遺跡も本当に楽しかった。パック旅行ではないから、たっぷり時間をかけてあちこち歩き回りました。まだまだ見ていないマヤ遺跡があるので、まとまった日数をとって遺跡の近くのホテルに泊まってじっくり見たいんですけれど、あまり決断力がないので実行できていません。

――いえ、スペイン語を勉強したり突然グァテマラでホームステイするのは相当な決断力だと思います(笑)。では、グァテマラ時代の読書といいますと。

沢村:スペイン語の本を読んでいました。喋るよりも読み書きのほうができたみたいで、すらすらとまではいかないけれどもなんとか読んで、日本語ではない他の言語で読む喜びを知りました。今ありがたいのは電子辞書があるので、知らない単語はどんどん引きながら読めることですね。ちなみにはじめてスペイン語の本で読んだのは『星の王子様』です。アンティグアに来るバックパッカーたちはみんな最初にそれを読んでいました。スペイン語とフランス語はあまり大きな違いはないので、原典と大きな違いもないようですし。

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――スペイン語圏のどの作家が好きでしたか。

沢村:チリの作家のイサベル・アジェンデです。主だった作品は日本語に訳されていますし、日本語で読んでも面白いと思います。スペイン語では流れるような文章でした。スペイン語ってピリオドがなかなかなくて、1ページくらいひとつの文章が続いたりするんです。あの、ばーっと行く感じがよかった。イサベル・アジェンデの文章は非常に美しいんです。『エバ・ルーナ』が特に好きです。物語を語る人間の面白さが凝縮されていて。他にはウルグアイ生まれのオラシオ・キローガという幻想・ホラー系の作家も読みました。日本でも南米系のホラー短篇集のアンソロジーにはだいたい作品が収録されています。自分の好みもあって、ガルシア=マルケスは日本語訳を読むつもりでしたが、スペイン語で読んだ『ある遭難者の物語』というノンフィクションはものすごく面白かったですね。スペイン語の本で唯一徹夜した本です。ジャーナリズム的な話なのに、物語性があるんです。

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