第156回:沢村凜さん

作家の読書道 第156回:沢村凜さん

架空の国を舞台にした骨太なファンタジーから、ご近所ミステリ連作集までさまざまな作風で読者を楽しませてくれている沢村凜さん。幼い頃から本好きだった沢村さん、ご自身の作品にも多分に反映されている模様。グァテマラに住んだ経験やその頃読んだ本など、貴重な体験も交えて語ってくださっています。

その4「作家になってからの読書生活」 (4/5)

――片道切符でアンティグアに行って、1年後に日本に戻ろうと思ったわけですか。

沢村:動くべきだと思って。メキシコにちょっと寄ってから戻ってきました。帰国してからは、小説家を続けるなら首都圏にいないと駄目だと思い、とりあえず東京に出てきました。地方でも小説を書くことはできるけれども、編集者の方ともっと顔を合わせることが必要だと思いましたし、広島では出版関係の知り合いがいなくて、出版界の常識も分からなかったので。どうしていいか分からなくて追い詰められている気持ちもありました。貯金がつきるまでは頑張ってみるつもりでした。東京では小説を書きながら校正のバイトもさせてもらいました。

――沢村さんのゲラの朱字入れがとてもきれいだ、と編集者の方からの声が。

沢村:校正の仕事はとても好きなんです。校正者の視点に立つとゲラを読むのも楽しいですね。自分の小説のゲラを読んでなかなか進まない時は、校正者として読むように心がけています。日本語の知識をとことんつきつめていくところが楽しくて。たまに作家さん仲間で校正者からの指摘について「あんなことを言われた」とフラストレーションを感じている方もいますけれど、校正者はあくまでも、疑わしいところは念の為に指摘しなければいけないんです。私の場合は「この間違いを見つけてくれた!」という気持ちになります。思い込みに気づかされたりすることは面白いです。

――小説家としては、『ヤンのいた島』で日本ファンタジーノベル大賞で優秀賞を受賞して再び小説を刊行しますよね。これは政府軍とゲリラが対立する南洋の孤島に、幻の生物を探して日本人が訪れる話で。

沢村:中南米のことを勉強していると、西洋文明と不幸な出合いをしていると感じるんです。どういう風に出合えたらよかったのかずっと考えていたので、そこからできた話ですね。『ヤンのいた島』を出してから、なぜか普通の小説の依頼もあったりして、校正のバイトを続けながらなしくずし的に小説を書き続けることになって...という感じで、いつからどういう作家だったのか、自分でもどう言えばいいのか分からなくなっています。『ヤンのいた島』の前にも学研で子供向けのものを書いたりしましたし、でもその前の『リフレイン』で作家になった、という気もしないし...。

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――その後、読書生活はいかがですか。

沢村:作家になってからは読まなくてはいけないという義務もあって、ノンフィクション的なものも読みますね。同時進行で好きなフィクションも読んでいます。最近偏愛しているのはL・M・ビジョルドの「マイルズ」シリーズ(「ヴォルコンガン・サガ」シリーズ)。これは新刊が出たらすぐに買って読むというよりも、頑張ったご褒美として読みます。年のはじめの読書は面白くないものを読みたくないので、そういう時にこのシリーズを読みたい。ですから1年に1冊は出してほしい。他には『ハウルの動く城』の原作のダイアナ・ウィン・ジョーンズも好きです。L・M・ビジョルドとダイアナ・ウィン・ジョーンズに共通しているのは、ネアカということです。過酷なことがあっても打たれ強い。それでいて特にダイアナ・ウィン・ジョーンズは、日常と大きなファンタジーが無理なく結びついているところが好きです。「日常のしょうもない感じ」と私は言っているんですが、大きなトラウマや消失というよりも、日常のちょっとした感じを掬い取るのがうまくて、それと大きな流れを同時進行させていくのがうまい。もう亡くなってしまわれたので、新しい作品が読めないのが残念です。でも宮崎駿さんがアニメにしてくれたおかげで、初期の習作のようなものでも翻訳されたのはありがたかったですね。 最近やっとカズオ・イシグロを読んで、この作家は読み続けていこうと思いました。新刊が出るたびに書評がたくさん出るので気になっていたんですよね。最初に読んだのは『日の名残り』。この人の本はどれも確実に面白いだろうと思わせる文章でした。

――1日の過ごし方を教えてください。

沢村:できるだけ午前中に執筆して、うまくいけばご褒美として午後に本を読みます。ノってきた場合は午後も書いて、本を読むのは夜だけになりますが。書くことに集中している時は1か月くらい本が読めない時もありますね。特にファンタジーを書いていてノってくると、読書はあえて止めます。物書きになってからは毎日読む習慣がなくなりましたが、ただ、最低年に100冊は読むようにしています。本は数値目標で読むものではありませんが、物書きとしてそこは設定しておこうと思いました。月に10冊、年に2か月くらい読書ができない時期があると考えてこの冊数になりました。

――読む本はどのように選んでいますか。

沢村:書店に行って選びます。古い本は図書館で探しますね。ノンフィクションでは脳科学や心理学、日本語、マヤ文明、社会病理の本が好きですね。マヤ文明関連ではマイケル・D・コウの『マヤ文字解読』がものすごく面白いです。謎の言葉と言われているマヤ文字を解読する内容ですが、マヤ文明に興味のない人でも楽しく読めます。まず暗号解読的な面白さがありますし、大御所と呼ばれる人が間違った理論を展開しているのに、現地に行ったことのない、当時のソ連の若者が発想の転換で新しい理論を打ち立てるんです。その人間ドラマでも読ませます。 マヤ文字って日本人も研究に適していると思うんですよ。意味と音の関係とか、部首を組み合わせて文字を作ることなども同じだし。アルファベット圏の人にはそれがなかなか発想できないようで、象形文字か表意文字かで揉めたりするんですけれど、日本人が見たらすぐ両方あるんじゃないか、と思うのに。そういうことが少しずつ分かっていく過程を、ワクワクしながら読みました。もうひとつ、『古代マヤ王歴代史』も面白いんですが、これはマヤ好きな人にしか薦められないですね。名前がずらずら並ぶだけなので相当マニアックです。私が書いた『夜明けの空を掘れ』には、その本が好きなマニアを登場させています。

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