第156回:沢村凜さん

作家の読書道 第156回:沢村凜さん

架空の国を舞台にした骨太なファンタジーから、ご近所ミステリ連作集までさまざまな作風で読者を楽しませてくれている沢村凜さん。幼い頃から本好きだった沢村さん、ご自身の作品にも多分に反映されている模様。グァテマラに住んだ経験やその頃読んだ本など、貴重な体験も交えて語ってくださっています。

その5「小説の執筆について」 (5/5)

  • ヤンのいた島 (角川文庫)
  • 『ヤンのいた島 (角川文庫)』
    沢村 凛
    角川書店(角川グループパブリッシング)
    720円(税込)
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  • ディーセント・ワーク・ガーディアン (双葉文庫)
  • 『ディーセント・ワーク・ガーディアン (双葉文庫)』
    沢村 凛
    双葉社
    730円(税込)
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  • 石橋湛山評論集 (岩波文庫 青 168-1)
  • 『石橋湛山評論集 (岩波文庫 青 168-1)』
    石橋 湛山
    岩波書店
    972円(税込)
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  • 火の山 山猿記(上) (講談社文庫)
  • 『火の山 山猿記(上) (講談社文庫)』
    津島佑子
    講談社
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――沢村さんの描くファンタジーは、その国の政治が重要なテーマになっている印象があります。

沢村:ファンタジーを書くならそこは外せません。個人の動きは国の動きと繋がっていますから。ファンタジーが大きな力を持っているものである以上、それが必然だと思います。ただ、ストーリーは自分でコントロールしているというよりも降りてくるというか、くみ出している感覚なので、何かを訴えたいからこう書いている、というものではないですね。

――舞台となる国の歴史や政治などのシステムについては細かく設定しているのですか。

沢村:意外に場当たり的です(笑)。『ヤンのいた島』を書いた時に、一応、表を作ろうとしたんです。ABCDの国に分けて通貨制がどうなっているのかなど、そこに書きこむつもりで。でも最後まで、ほぼ空欄だらけでした(笑)。

――ファンタジー以外の作品もお書きになりますよね。たとえば『ディーセント・ワーク・ガーディアン』はお仕事小説ですが、労働基準監督官が主人公で、密室殺人の謎が起きたりもしますね。

沢村:あれは警察小説の依頼があった時に、自分には書けないと思って代案として労働基準監督官の話はどうかと提案しました。以前、労働基準監督官は警察職員として犯罪の捜査や逮捕ができるということを知って、自分のなかの"「へえ~」箱"に入れておいたんです(笑)。そうしたら編集者の方もその案にノってきてくださったんですが、実際書くとなると非常に苦労しました。でも現役の監督官の方が読んで「リアルに描いてくれた」と言ってくださって、それは本当にありがたかったです。

――新作『猫が足りない』は、就職先が決まらない青年と、スポーツクラブで知り合った近所の主婦が街の事件に遭遇していく連作ミステリですよね。その女性、四元さんが猫好きなのに猫が飼えなくて「私の人生には猫が足りない」という。彼女は猫がらみの事件になると放っておけず、非常に無茶な行動を起こしてしまう。

沢村:最初は悪漢小説を書かないか、という依頼だったんです。『ディーセント・ワーク・ガーディアン』が規則を守ろうとする人の話だったので、そういう倫理観を逆に悪のほうに突き進めたダークヒーローが読みたい、ということでした。それで、倫理感覚の基準が猫で、猫のためなら世間の常識や倫理感覚を無視して突っ走る人を考えたんです。悪人というよりはワガママな人になりました(笑)。そういうワガママな人につきあえる時間の自由がある相手として、就職できない青年を登場させました。「猫が足りない」というのは切実な私の声でもありますね。ピート以来飼えていないので。

――四元さんが猫を飼えないのは引越しが多いからですが、沢村さんは。

沢村:今の連れ合いが転勤族で、これまでに甲府、三重、群馬と移っています。それもあって専業作家になりました。この世でいちばん嫌いなのは寒さと引越しですね(笑)。でも、縁もゆかりもない土地で地元の情報を集めようとすると、意外なことを知ることができて楽しいです。甲府にいた時は石橋湛山の本を読みました。生まれは東京ですが旧制中学卒業まで山梨にいたそうで、地元の新聞によく出てきたんです。東洋経済新報社の代表取締役専務を務めて、後に総理大臣にもなったんですね。植民地政策を批判したり、中国との国交を進めたりしている人ですが、この人の文章が素晴らしいんです。朝鮮半島で暴動が起こった時に、無理に抑え込もうとしてもまた暴動が起きるから、解放して仲良くしたほうがいい、植民地がないほうが安全だと言ったりする。いろんな方面から、人類にとって、今生きている人にとって何が大切かを考えられる人なんです。『石橋湛山評論集』は、落ち込んだ時や世の中が嫌になった時にしみじみと読み返します。 甲府では他に、宝塚歌劇団を創設した小林一三が甲州財閥の人なので、その関連の本も読みました。津島佑子さんの『火の山―山猿記』も読みましたね。甲府を舞台に一族のいろんな歴史を入れ子構造のファンタジーにした美しい小説です。NHK連続テレビの『純情きらり』の原案ですよね。ドラマのラストに納得していない視聴者が多いそうですが、原作を読んだら納得できます。そういえば、高村薫さんの『マークスの山』も山梨の山が出てきますが、甲府にいた時に読みました。

――今後は、どんなジャンルの作品を書きたいですか。

沢村:自分が読んで面白いと思わなかった分野にはチャレンジできませんが、ミステリは今の若い人が読まないような古典も読んできたので、憧れがありますね。恐れ多いと思いつつ、より正統派のミステリを書いてみたいという気持ちでいます。今書いているのはファンタジーの長編ですが、ミステリももっと書いていきたいなと思っています。

(了)