第158回:中山可穂さん

作家の読書道 第158回:中山可穂さん

人間の魂の彷徨や恋愛を鮮烈に描き出す中山可穂さん。昨年にはデビュー作『猫背の王子』にはじまる王寺ミチル三部作の完結編『愛の国』を上梓、今年は宝塚を舞台にした『男役』が話題に。実は宝塚歌劇団は、10代の中山さんに大きな影響を与えた模様。そんな折々に読んでいた本とは、そして執筆に対する思いとは。

その3「韻文に親しむ」 (3/6)

  • マレー蘭印紀行 (中公文庫)
  • 『マレー蘭印紀行 (中公文庫)』
    金子 光晴
    中央公論新社
    700円(税込)
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――ご自身で劇団を主宰するようになるのは。

中山:卒業後、まず、一応就職したんですね。そういうことに無頓着で就活はまったくしていなかったんですが、なんとか小さな政治経済系の出版社に潜り込んで、それで編集者の見習いをやりました。編集長に「お前は編集者に向かない」「人に書かせるほうより書く方が向いてる」って言われて。そこを辞めた後で劇団をはじめました。

――その頃、本は読んでいましたか。

中山:もちろん読んでいましたよ。いちばん好きだったのは、寺山修司の短歌です。あの人はアジテーションの天才で、戯曲から競馬評論から詩からエッセイから、あらゆる表現をしていましたけれど、いちばんいいのは短歌。すごく影響を受けています。あの人の短歌って「自分でも作れるかも」って気にさせるんですよね。もちろんあんなふうには作れないんですけど。私が好きな歌人は寺山修司と春日井建と村木道彦で、3人とも青春期の歌を歌う人です。もちろん塚本邦雄とか、岡井隆とか、中城ふみ子も読んでました。菱川善夫という人の『歌のありか』も、国文社の現代歌人文庫に入ってるんですけど、すごく印象に残っています。これは評論です。短歌の読み方というか、「このように読解するのか」ということを教わりました。
劇団をやっていると、大勢の作業なので疲れるじゃないですか。自分一人の意のままにならないけれど、人を動かさないといけない。それで一人で完結することがしたくて、短歌結社に入って、時々歌会にも出て、短歌も作っていたんです。まあ、趣味としてですけど。 詩ではイェイツとロルカとコクトーと、谷川雁が特に好きです。茨木のり子や石垣りんや吉野弘も好きです。 英文科に英文詩という授業があったのでバイロンやシェリーやキーツとかもちろん読んでいました。 小説でいいますと、太宰治、サリンジャー、チャンドラー、デュラス、フィッツジェラルド、開高健。金子光晴の散文もすごく好きでした。三部作ありますよね。『ねむれ巴里』と『どくろ杯』と『西ひがし』。もうひとつ 『マレー蘭印紀行』も。あの文章がすごく好きで。言葉遣いがきらびやかと言いますか、小説家には絶対に書けないって感じの文章ですね。開高健は『夏の闇』『輝ける闇』『珠玉』がもう最高で。『フィッシュ・オン』や『ベトナム戦記』といったエッセイも大好きでした。

――太宰も読めばチャンドラーも読むという。

中山:ミステリーは苦手なんですけど、チャンドラーはハードボイルドとして文体を読んでたんです。非常に感傷的な人だと思います。面倒だから事件なんて起きなきゃいいのに、この文体だけでいいのに、と思いながら読んでいました。 太宰はとにかく文章がうまい。嫌味なほどうまいですね。暗いという感じはなくて、むしろ明るい印象です。寺山修司も太宰も青森県人ですよね。青森県って、ラテン的な感じがするんです。一度旅したときも、あれは3月だったかな、いきなりすごい吹雪になってパタッと止んだので、南国のスコールのようだなと思ったんです。ねぶたを見ていても、ラテン的だと思いますね。津軽弁は非常に音楽的だし、津軽三味線にはフラメンコギターのようなパッションを感じます。太宰は「ヴィヨンの妻」や「トカトントン」や「津軽」がいいですね。「親友交歓」や「富岳百景」もいいし、書簡集もよく読んでいました。

――今挙がった人たちを読むきっかけというのはあったんでしょうか。

中山:あまり憶えていませんが、サリンジャーを読んだきっかけは、大学生協の本屋さんで『ライ麦畑でつかまえて』が「当店のロングセラー№1」というPOPが立ってたので「読んでみようかな」と思いました。でも、私の教授に言わせれば「サリンジャーなんて五流ですよ」って。私は面白く読みましたけれど。

――二流でも三流でもなく、五流ですか。

中山:そう、少し癖のある先生で。その先生はユダヤ系アメリカ人作家がご専門で、シャーウッド・アンダスンとか、バーナード・マラマッドとか、そういうのが一流だと思っている先生だったんですね。サリンジャーは人気があったので、みんな卒論でやりたがるので先生は辟易してたんでしょうね。つまんない卒論読まされて。でも私はその先生のことが大好きでした。

  • ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)
  • 『ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)』
    J.D.サリンジャー
    白水社
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