第162回:木下昌輝さん

作家の読書道 第162回:木下昌輝さん

デビュー単行本『宇喜多の捨て嫁』がいきなり直木賞の候補となり、新しい歴史エンターテインメントの書き手として注目される木下昌輝さん。第二作の『人魚ノ肉』は、幕末の京都で新撰組の面々がなんと化け物になってしまうというホラーテイストの異色連作集。その発想や文章力、構成力はどんな読書生活のなかで培われたものなのか? 

その4「デビューが決まった頃」 (4/6)

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――新人賞の応募先をオール讀物新人賞にしたのはどうしてですか。

木下:他にもいろいろ応募しましたけれど、最初の「タイトルさん」は、文校の友達が「あんたはオール讀物向きやから、そこに出し」って言ってくれたんです。僕もどこの賞がいいか分からなかったので、それは素直に従いました。他にも『小説現代』や『野性時代』の賞にも送っていました。

――応募した作品はジャンルもさまざまだったんですか。

木下:そうですね。従兄弟がパイロットの訓練生だったのでその話を書いたり、友達がプロボクサーだったのでボクサーの話とか。ライターをやっていたので、取材する素材のほうがやりやすかったんです。歴史ものは実はあまり書いていませんでした。

――そうなると、「宇喜多の捨て嫁」を書いたのはどうしてでしょう。

木下:ライターを始めた時、京都にいたんです。その時に一緒に仕事をしていたカメラマンが備中伝竹内流という戦国時代発祥の古武道をやっていたんです。「木下君、暇やったらちょっと稽古来おへん」と言われて行ってみたら、すごく面白かった。人に裏切られることを想定した下克上の武道。たとえば二人が並んでいて、相手が突然襲ってきたら、こう返しなさいとか。相手から物をもらう時は利き腕じゃない左手でもらいなさいとか、両手で差し出す時は右手を先に引込めなさいとか、相手に近づく時も、左足からにしなさいとか、徹底しているんです。これが下克上なんやなと思いました。
歴史小説はやっぱり英雄の小説で、そういう汚い部分はあまり書かれないじゃないですか。これなら、誰も書いてない世界を表現できると考えました。それで最初は、竹内流を創始した竹内久盛のことを書こうとしたんですけれど、調べてみたら美作出身で、宇喜多直家に滅ぼされているんです。で、宇喜多直家を調べたら、小説にも書いたんですけれど、彼は主君に裏切られてすごく苦労して、でも大人になってからは逆にみんなから嫌われるような裏切りをしていく。下克上の被害者と加害者、両方の面があったので、この人物は面白いなと思いました。けれど、いきなりその人物を書くこともできなくて、その娘の話を書くことにして。それで出したら、オール讀物新人賞を受賞できたのでよかったです。

――『宇喜多の捨て嫁』は表題作を巻頭においた連作集です。その頃から連作にする構想はあったのですか。

木下:全然なかったですね。オール讀物新人賞を獲ると2作目の短篇掲載が、まず大きな目標で。それでとりあえず、面白いものを書くことしか考えずに2作目を書き、同じような勢いで3作目を書いて。他にも書いているものがあったんで、単行本にする量はできたんです。で、編集者と話していたら「浦上宗景をやっつける話を書いて、単行本にしましょう」って言われたんです。ああなるほどな、と思いました。そうやって本になるんか、って感心したんです。その話は本の4章目にあるんですけれど、その言葉に納得しつつも、自分が書きたいのはそれだけじゃない気がして、5章、6章と考えていきました。ですから前半の3つは行き当たりばったりに書いて、後半の3つはちゃんとゴールに行くように考えました。

――デビューが決まった時はどんな気持ちでしたか。

木下:オール讀物を受賞した時はとりあえず、プロになるためのきっかけができたなとは思いました。ただ、やっぱり短篇での受賞だったので、そこから本を出すまでのしんどさはなんとなく分かっていました。実際ほんまにしんどかったですね(笑)。ボツもいっぱいもらいますしね。ゲラもものすごく直さなくてはいけなくて。その分鍛えてもらったというのはあります。

――では、そうやってできた単行本がいきなり直木賞の候補になった時は......。

木下:純粋に嬉しかったです。身の程知らずに聞こえるかもしれませんが、僕は投稿している時から直木賞を獲るつもりで書いてました。今、出版不況なので、それくらいじゃないと小説の世界ではやっていけないと思ったんです。僕は本を読んでいて「この書き手は新人やから」という目で読んだことはない。野球やったら「こいつ新人やから、守備が下手だけど大目に見て応援しよう」と思うことはありますが、小説に限ってはそれが無くて、ベテランも新人も同じだと思っていました。プロボクサーをやっていた友達が「『俺は世界チャンピオンになる』と言った一万人のうちのたった一人が日本チャンピオンになれるんや」と言っていて、そいつは無茶苦茶頑張ったけど運も悪くて日本チャンピオンになれなかったんです。結局小説も、それくらいの真剣勝負なんやと思いました。だから、おこがましいけれど、ノートに「直木賞を獲る」って書くのを日課にすることから始めました。まあ、1週間で飽きてやめましたけれど(笑)。だから候補になった時はめっちゃ嬉しかったです。目指そうとしていたところに目がとまったということですから。

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