第166回:柚月裕子さん

作家の読書道 第166回:柚月裕子さん

新人離れした作品『臨床真理』で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞してデビュー、『最後の証人』にはじまるヤメ検・佐方貞人シリーズも人気の柚月裕子さん。最近では極道とわたりあう刑事の生き方を描く『孤狼の血』が話題に。骨太の作品を次々と発表している著者は、どんな本を読んできたのでしょう?

その4「子育てと読書、そして作家に」 (4/5)

  • 氷点(上) (角川文庫)
  • 『氷点(上) (角川文庫)』
    三浦 綾子
    角川書店(角川グループパブリッシング)
    691円(税込)
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  • アンジュール―ある犬の物語
  • 『アンジュール―ある犬の物語』
    ガブリエル バンサン
    ブックローン出版
    1,404円(税込)
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  • カモメに飛ぶことを教えた猫 (白水Uブックス)
  • 『カモメに飛ぶことを教えた猫 (白水Uブックス)』
    ルイス・セプルベダ
    白水社
    864円(税込)
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  • 臨床真理 (上) (宝島社文庫 C ゆ 1-1)
  • 『臨床真理 (上) (宝島社文庫 C ゆ 1-1)』
    柚月 裕子
    宝島社
    3,172円(税込)
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――高校卒業後はどうされたのでしょうか。

柚月:私、結婚がはやかったんです。21歳で結婚しているんですね。私が高校を卒業した後で親が転勤となって、家族で岩手県から山形に移り住んだんです。親はまたすぐ転勤で岩手に戻ったのですが、私だけ結婚して山形に残って今に至っています。その後、子供を2人もちました。
子育てに手がかかった時期はなかなか集中した時間がとれないので、読み漁ったのは阿刀田高さんのショートショート集でした。どの作品も5分10分で読めますから。他には小池真理子さんの短篇集ですね。その後も、家にいる時間が長いものですから本はよく読みました。三浦綾子さんの『氷点』とか。篠田節子さん、高樹のぶ子さん、坂東眞砂子さんは、その時に読めるものは全部読みました。その頃に先ほど言った夢枕獏さんの『陰陽師』にも夢中になりましたね。子供が図書館で絵本を借りて読むようになると、自分の本も一緒に借りてくるんです。1人10冊なので2人で20冊、両手に抱えて。
子供が小さい頃は読み聞かせていたので、絵本や童話もだいぶ読みました。絵本って図書館に行くと古いものから今のものまであるので、「これ、お母さんが子供の頃に読んだ本だ」といって借りてみたりもしていました。今でも絵本は好きです。一番好きなのは『アンジュール―ある犬の物語』という、文字がひとつもない絵本です。非常に胸が温かくなる本です。もう1冊挙げるなら『カモメに飛ぶことを教えた猫』ですね。これも時々読み返します。

――お子さんに「牡丹灯籠」を語ったりはしなかったんですか。「からーん...ころーん...」って(笑)。

柚月:しました、しました(笑)。下の子のほうかな、息子が泣いたのは「耳なし芳一」。 「ほういちぃ~」ってやるところで泣きましたね。寝かしつけるのに泣かせてどうするのっていう(笑)。あれはちょっと可哀相なことをしました。「番町皿屋敷」で「いちま~い、にま~い」とか(笑)。今になればいい思い出です。もう子供も大きいので、今は日向ぼっこして寝ている猫に語り聞かせてます。

――柚月さんは「このミステリーがすごい!」大賞でデビューされていますが、ミステリー系以外のものもよく読まれているんですね。

柚月:よく、一番の謎って人間の心なんだろうなって考えるんですね。篠田節子さんの『ハルモニア』など大好きなんですけれども、ああいう人の心の謎があるものが好きです。人ひとりを理解するのは非常に難しく、不可能なことだと思うんです。「私、あの人のこと全部知っているの」って言うのは、ある意味驕りであって、その人のすべてを自分が理解できるということはないんだろうなと思います。親子であっても、親友であっても、恋人であっても、夫婦であっても、やっぱりその人にしか分からない部分はあるでしょうし。
 高樹のぶ子さんの『透光の樹』や谷村志穂さんの『海猫』、三浦綾子さんの『氷点』、小池真理子さんの『冬の伽藍』のように男女間の深い部分が書かれたものも、私は恋愛小説というよりも人生小説だなと思って読んでいました。結果的に2人が結ばれるか結ばれないかではなくて、その主人公が果たしてどういう生き方を選ぶのかという、その生きる姿が面白くて読んでいましたね。
人の心を知りたいという気持ちが私のなかで根強くあるのかもしれません。ホームズでも、謎解きよりホームズとワトスンの関係性を読むのが好きというのは、そういうことですよね。ミステリーでも、誰が犯人というよりも、その事件が起きる理由だったり、その事件に巻き込まれた関係者が苦んで悩んで、そこから一歩を踏み出していく姿が好きです。自分が小説を書く時も、人間が困難なことに直面した時に、果たしてどういうふうに考えて行動するのかというところは、いつも心を砕いています。

――作家になろうと思ったのはいつくらいで、どんな経緯だったのですか。

柚月:昔から考えたり書いたりするのは好きでしたが、実際に作家になれたらいいなと思ったのは、デビューする2年前です。
それまでは自分が何か書いたものを公にするとか、そういうことはまったく考えていなくて。子育てが一段落した時に、文芸評論家の池上冬樹先生が山形で開いている「小説家になろう講座」があると知ったんです。受講生が提出したテキストのなかから何篇かが選ばれてみんなで講評するんですが、講師にベテランの作家や編集者の方といった、第一線で活躍されている方が来るんです。そういった方たちと直接お話ができるし、テキストが選ばれればその方たちからコメントがもらえる。これは行かないといけないと思って通い始めました。でも、足かけ4年講座にいたんですけれど、最初の2年はただ隅っこにいるだけで、全然テキストも出せませんでした。だって、みんな凄いことを言うんです。今はだいぶ柔らかくなったんですが、10年くらい前は「つまらなすぎて全部は読めませんでした」とか「1行目から駄目でした」って言う意見も出ていたんです。それで震え上がっちゃって、「絶対私は提出しない」と思っていました。でもやっぱり、講師の方の話は聞きたいから、時間を見つけては通っていたんですね。その間に、作家の方と池上先生の対談の原稿のまとめをしたこともありましたし、地元のタウン誌のお手伝いの仕事をちょこっといただいたりもしたんです。自分の書いた原稿がタウン誌に載った時、自分の文章が誰かに読んでもらえることが、思っていた以上に嬉しかったんですね。それで「もっと書いてみようかな」という気持ちになって続けていたんですが、やっぱり取材原稿だと、聞いたことを文章に起こす作業なので自分の感じたことが入れられない。でも小説なら、こうじゃないかなと自分が思ったことを表現できるかなと考えたんですよね。それが小説を書きはじめたきっかけでした。原稿用紙20枚くらいのテキストを書いて、はじめて講座に出したんです。そうしたら採用してもらえたんです。その時に読んでくださった講師の方々が、逢坂剛さんと志水辰夫さんでした。

――そのお2人がゲストとは豪華ですね。

柚月:すごいですよね。このお2人に読んでいただけるのは一生に一度のチャンスだから、何を言われてもいいという気持ちで提出したんです。そうしたら採用されて、いろいろご意見もいただけたんですけれど、志水辰夫さんが「頑張ればいいところまでいくんじゃない?」というようなことを言ってくださったんです。私はおだてられると舞い上がるほうなので(笑)、「そうか、頑張れば私もいいところまで行けるかもしれない」と本気で思って、講座の次は地域に出してみることにしました。山形新聞で月に一度行っている山新文学賞という、20枚くらいの短篇を投稿して選ばれると短篇に掲載されるという賞に応募して、そこで選ばれたんですね。
 私も単純なので、講座で認められ、地域でも認めていただいたから、次は全国かな、と。応募先をどこにするか考えた時に、自分がどのジャンルに属するものを書いているのかすら分からない状態だったので、ネットや『公募ガイド』で調べてみたら、一番間口が広いと感じたのが「このミステリーがすごい!」大賞だったんです。ミステリー、ホラー、時代小説、アクションなど、いろんなものを広く読んでくださるんだと思って。もうひとつ、「このミス」に応募を決めた理由は、他の文学賞だと最終選考まで残れば講評がいただけますが、一次二次で落ちてしまうとどこがよくてどこが悪かったのか分からないんです。「このミス」だと、もう一歩のところまで入ると、ネットで一言コメントがいただけるんです。本当に1、2行なんですけれど、やはり評はほしかった。大賞をいただけるとは思っていなくて、あわよくばコメントがほしいという一心で書いた作品が『臨床真理』でした。

――それで2008年、見事「このミステリーがすごい!」大賞を受賞されて。臨床心理士の女性が主人公ですし、さらに共感覚を持つ青年も登場します。そういった職業や特質といった題材は、ゼロから調べて書かれたのでしょうか。

柚月:こうしてお話ししているのでお分かりのように、私は専門的な仕事に就いたことがまったくないんです。はやくに結婚して子育ての時間が長くて、時間ができて講座に通って......という。なので、自分が物事を知らないというのは自分がよく分かっています。だからとにかく調べます。警察小説でも、警視庁と警察庁の違いから調べて書いています。調べることについては徹底しているつもりですけれど、なかなか調べきれない部分が多いです。

――『最後の証人』の佐方貞人の、元検事の弁護士、つまりヤメ検という設定はどういうふうに思いついたのでしょうか。これはシリーズ化して佐方の検事時代を書いた短篇集『検事の本懐』は大藪春彦を受賞されていますし、同じく短篇集『検事の死命』もありますね。

柚月:『臨床真理』でデビューさせていただいて、2作目に何を書こうかと考えた時にいろいろ題材を探して歩いて、最終的に、ある事件が起きてそれを全部請け負う弁護士にしようと決めた時、弁護士をそのまま弁護士として書いても人間として魅力があるだろうかと思って。やはり経験や深い人間性を持ち合わせていないといけないんじゃないかと考えたんです。ホームズではないけれど、なにかこう、いろんなものに揉まれて苦しんだ人間ならきっと、事件をこういうふうに解決することにも説得性を持たせられるのではないか、と。その時に、検察側の事情も知っていて、でも自分の正義というものもある人間はどうかということで、ヤメ検という設定が浮かびました。でもそこに至るまでにだいぶ悩んでいますね。私、1作目から2作目を出すまで、1年半あいているんです。版元さんとしては次の受賞者が出る前に出してほしかったようなんですけれど、一回通ったプロットになかなか納得できず、結局全然違ったものを書くことになりました。時間がかかりましたが、出せてよかったなと思っています。

――『最後の証人』は最初、シリーズ化することは考えていなかったんですか。

柚月:これまでシリーズ化しようと思って書いた作品は1冊もないんですね。だから『最後の証人』もあれはあれで完結しているんです。今まで出している本は全部、1冊で完結と思って書いています。ただ、結果的に担当の方や読者の方が「続きを読みたい」と言ってくださって、シリーズになっています。本当に感謝しています。ただ、『最後の証人』の続きというのは、すぐに浮かばなかったですね。でも短篇を書くことは決まっていて、短い話で裁判ものを書くのは難しいので、だったら検事の頃のはどうでしょうとお話をして、結果的に検事の佐方が生まれました。

――よく時事問題、社会問題が盛り込まれていますが、それは意識的にそうされているんでしょうか。

柚月:それはあります。でも自分が一番書きたいものというのは10年前に書いても20年前に書いても、たぶんそんなに変わらないだろうなと思います。ただ、今は情報社会なので、テレビでもネットでもいろんな問題が目に入ってくるし、「これは果たしてなんだろう」と首をひねることはたくさんありますよね。エンターテインメントを書いている以上、読者の方に興味を持ってページをめくってくださるのが一番だと思うので、読者の方が関心を持ってくださるようなテイストは考えます。

  • 検事の本懐 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『検事の本懐 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    柚月 裕子
    宝島社
    710円(税込)
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  • 検事の死命 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『検事の死命 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    柚月 裕子
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