その1「怖い話が好きだった」 (1/5)
――柚月さんは山形の方という印象がありますが、お生まれは岩手なんですね。
柚月:そうです。両親ともに岩手で、私も岩手で生まれて成人するまでそこで育ちました。
――いちばん古い読書の記憶といいますと。
柚月:私の場合、一番古い本の記憶は母と繋がっています。毎晩、寝る前に母に「絵本を1冊持っておいで」と言われて、一緒に蒲団に入って読んでもらった記憶があります。読む本は幅広くて、文字がほとんどない絵本もあれば、少年少女向けの童話のようなものもありました。語り部的に昔話しを話してもくれましたね。本を閉じて電気を消して、「むかーしむかし」と話が始まるという。
――その昔話はどんな内容だったのですか。
柚月:「桃太郎」や「金太郎」といった本当にオーソドックな話でした。でも夏になると怖い話を聞きたがったんですよね。すごく憶えているのが「牡丹燈篭」。電気を消して、窓を開けて、蚊取り線香の匂いが漂うなかで、母が「お露さんが」って話しはじめて、佳境では「からん...ころん...」という下駄の音が。子供心に震え上がって、母にすがりつくようにして聞いていました。
――夜な夜な幽霊となったお露さんが恋しい人に会いにやってくるという話ですものね。お母さん、お話がすごくうまかったんでしょうね。
柚月:本がすごく好きな人でしたので、本人も楽しんで話してくれたんじゃないでしょうか。
――ご自身で本を読むようになるのはいつくらいですか。
柚月:通っていた幼稚園で、月に1冊福音館書店の「こどものとも」という本が送られてきたので、それを読んでいました。幼稚園を過ぎると『小公女』といった小学校低学年でも読める本や、その土地に伝わる昔話を子供にも分かりやすいように書いた本などを読んでいました。そんなに裕福な家でもなかったので、子供の求めるものを全部買ってもらえるようなことはなくて、地元の公民館に置いてある貸出用の本を母と借りに行った思い出があります。『ふうたのゆきまつり』などの、子ぎつねのふうたのシリーズが好きでした。大人になってからどうしてもその本がまた読みたくて、ネットで検索して見つけて、今は手元にあります。大人になってから「あの本なんだったんだろう」と探し求めることは多いですね。それは亡くなった母の記憶を辿ることにもなっているんじゃないかな、なんて思ったりしています。
――お母さんはいつ亡くなったのですか。
柚月:私には母が二人おります。一人が産みの母で、一人がその後父が再婚した義理の母です。産みの母は私が28歳の時に亡くなりました。享年56歳でした。癌で、若かったので進行もはやかったらしく、開いても切り取れませんでした。最初は「1年」と言われていたところを5年闘病しました。
――そうだったんですか。そのお母さんが小さい頃いろいろと読み聞かせてくれて...。
柚月:母も本が好きで、『雨月物語』や『徒然草』といった古典的なものや「ことわざ辞典」を読んでいたかと思うと、私と一緒に漫画本を読んでキャッキャッと言い合いながら「はやく続きが知りたいね」と言うような人でした。子供の私が言うのもなんですけれど、非常に可愛らしい人でしたね。私の子供の頃の親御さんというと、わりと「漫画なんか読んでいないで勉強しなさい」という風潮が強かったなか、母は一切「あれをしちゃ駄目」と言わない人でした。
――漫画はどんなものをお読みになったんですか。
柚月:私のなかで漫画のバイブルは『ブラック・ジャック』と『あしたのジョー』です。
――あ、少女漫画ではないんですね。
柚月:(笑)。私と同世代の女性の方はたぶん『キャンディ・キャンディ』とか『はいからさんが通る』をまっ先に挙げると思います。私も読んではいるんですけれど、やっぱり「何かを挙げなさい」と言われたら『ブラック・ジャック』と『あしたのジョー』ですね。『ブラック・ジャック』は、最初は怖いもの見たさもあったんです。当時は恐怖ものが流行っていて、手塚先生も「ちょっと怖めのもので売り出そうか」ということだったようです。30周年の記念作品のつもりだったので、あんなに長く続く予定ではなかったという話もあるようですけれど、確かに最初はおどろおどろしいんです。1巻から5、6巻くらいまででしょうか。それが次第に内容がヒューマンドラマに変わってくるんですよね。人の命、生き死に、死生観みたいなものを子供ながら考えながら読んでいた憶えがあります。医学技術や認識というものは時代とともに変わったと思いますが、命や生というものの考え方は普遍的だなと思います。
――『あしたのジョー』はどこに惹かれたのですか。
柚月:あれほど見事なラストはないんじゃないかなと思っていて。終わり方が秀逸でしたよね。ブラック・ジャックも矢吹丈も、非常に人からは理解されにくいタイプの人間だと思います。泥臭いっていうのか、不器用で。でも、自分の中に曲げられない信念みたいなものも持っている。その不器用な生き方が私には魅力ですね。
――小説で強く印象に残っているものはどんなものですか。
柚月:国内国外問わず、昔話が好きでした。よく図書館に行って「なんとか地方の伝説」みたいなものを読んでいました。学校の図書館には翻訳ものが置いてあって、子供向けではなくて、大人も読んで楽しめるような昔話がありました。それこそ『本当は怖いグリム童話』に近いような、救いようのない話が載っているものがあって、子供向けの童話との対比がすごく面白かったですね。
――民話や昔話って、結構怖い話も多いですよね。
柚月:そうですね。子どもの頃は「ふーん」と何も考えずに読んでいたんですけれど、大人になると、もっと深いテーマがあるのかな、と思わせる。いろんな読み方ができるのも面白いですよね。
――おうかがいしていると、怖いもの見たさなのか、人間の生々しい部分を覗き見しようとするようなお子さんだったのかな、と思います。
柚月:そうかもしれないですね。大人になって振り返ってみると、子供時代、いろいろ自分から知ろうとしたり、考えなくてはいけないことが多かったんです。父が転勤族で転校が多くて、小学校も3回変わっていますし。新しい土地に行くと、もともとそこに住んでいる方は知っていて当然のことを知らなかったりする。「この祀られている石はなんでここにあるのかな」「この細い道はどこに続いているのかな」という、「どうして」というものが沢山あったように思います。周囲との関係も新たに築かなければいけないので「この子はどういう考えをしているのかな」「こう言ったらどう答えるのかな」ということを考えている子供でした。