第170回:木内昇さん

作家の読書道 第170回:木内昇さん

移ろいゆく時代のなかで生きる個々人の姿をと細やかに描きだし、深い余韻を与える作品を発表している木内昇さん。2011年には『漂砂のうたう』で直木賞、2014年には『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞。誰もが認める実力の持ち主は、少女時代はスポーツ三昧、編集者時代もまったく作家を志望していなかったのだとか。では、どんな本に導かれ、どのような経緯でこの道に進むことになったのでしょう?

その8「最近の読書&最新作について」 (8/8)

――今、一日の執筆時間はどのようなタイムテーブルになっているんですか。

木内:朝型なんですが、季節によって起きる時間が変わります。日が上ってきたら起きるので冬だとちょっと遅くなり、夏だと5時とか。起きたらご飯を食べて、そのまま執筆して、だいたい飽きて集中力がなくなってきたら終わる感じです。
短篇を書くぞ、となった時はすごく集中してやるんです。短篇はある程度一気にやらないと気がすまなくて、3日くらいで50枚とかを書いて、そこから延々直していきます。長篇はまた違っていて、一応一日10枚くらい書くと決めたりはするけれど、日によって前後しますね。きっちり「ここまで」という感じではやっていないです。

――読書はいかがでしょう。作家になってから読み方は変わりましたか。

木内:なるべく以前のように素直に読みたいとは思っているのですが、どうしても技術面に目がいきがちです。浅田次郎さんの小説は、拝読してて何度もうなり声をあげます(笑)。ただ、たとえば内田百閒などは、もう普通に楽しみとしての読書ですね。すごく忙しい時期になると資料ばかり見ているんですけれど、夜は基本的に仕事をしないので、読書の時間にあてています。

――読む本はどのように選んでいるのですか。

木内:私は本屋さんで買うんですよね。新刊が出ると送ってくださる方もいて、そういう時は頂くんですが、好きな作品だと必ずもう1冊買って、どなたかに差し上げます。佐藤正午さんも好きで、新刊が出ると必ず買います。最近は村田喜代子さんの『屋根屋』も夢中で読みました。本屋さんをうろうろして「何か面白そうだな」と気になったら買っています。本屋通いを長年続けていると、いい本ってパッと見ただけで分かるようになるので。
それと、山崎豊子さんや有吉佐和子さんのように、資料を使って書いている人は、それをどう噛み砕いているのかを気にしつつ読んでいますね。司馬遼太郎はある意味使った資料が分かりやすくはあるんです。説明の部分を、物語とは切り離して書いているので。反対に有吉佐和子さんの時代ものは、史料の物語への溶かし込み方が素晴らしい。読んでいると目の前にはっきり光景が浮かぶほどです。山崎豊子さんの本は、いったいどれだけ取材をして資料を集めたんだ、と驚愕しながら読むことが多いです。
この時代の作家は、構えが違うな、ということも思います。作家としての矜持というか、「私がこれだけのものを書くんだ」っていう腹の坐り方に圧倒されるというか。今はネット時代なので、作家も自身のブランディングが必要なのかもしれません。それはひとつの道ですが、書いたもので勝負するという基本姿勢は損なわないようにしないといけない。こういう時代になっても、それは気を付けないとな、と思っています。

――さて、新刊の『よこまち余話』は明治期と思われる時代を舞台に、お針子の齣江が暮らす長屋やその周囲の人間模様が描かれていきますね。でも少しずつ、不思議な出来事が紛れこんでくる。過去と現在と未来が融合していく展開に感動しました。

木内:これは暮らし系の雑誌での連載だったので、丁寧に生活を紡いでいる人たちを書こうと思いました。それでお針子さんを主人公に据えたんですけれど、はじめはあんなふうに時空が入り乱れるという構想はなかったんです。季節ごとの風物みたいなものを書こうというような、軽い気持ちでした。江戸から地続きなところで、世の中からぽっかり取り残された路地をメインに書きたいなと思っていて、そこで不思議なことがあっても変ではないように書いているうちに、いろんなことが繋がっていきました。なにかふうわりとした、幻視と現実の境が曖昧なものを描こうと思いました。もともとそういうものが好きなので。

――齣江さんの仕事をめぐる話でもあり、胸に秘めた思いの話でもあり、魚屋の次男の男の子の成長物語にもなっていて、その背後には、時代の変化が確かに感じられるという。

木内:時代との距離感はいろいろ違うだろうなと思っていて。たとえば幕末を描く時に、時代との距離感がすごく近い人を描くことで時代が分かりやすくなることもあるけれど、同時代にはもちろん、時代との距離が遠い人もいる。本当に人それぞれですよね。それを忘れちゃうと、誰もが時代と同じように接しているようになってしまって、人が立って来こないように思うんです。たとえば現代でも、憲法9条がすごく遠い人と近い人がいたり、3.11がすごく遠い人と近い人がいたりして、考え方も様々ですよね。ひとつの時代の中で、全員が時代と同じ距離感というのは、私には違和感があります。小説ではその都度違うスタンス、違う人を出していくことによって時代というものの層に厚みが出るというか。『漂砂のうたう』も零落していく人もいれば上っていく人もいる。そこらへんの個人による差がちゃんと出たほうが面白いかなと思いますね。人間の営みってもちろん時代に影響されるんですけれど、べったりではない微妙な距離感が面白くて、それが書きたいのかもしれません。

――今後の刊行予定はいかがですか。

木内:たぶん秋くらいになると思いますが、KADOKAWAから『光炎の人』というタイトルで、明治から昭和にかけての技術者の話が出ます。来年の春くらいには『球道恋々』という、『小説新潮』で連載していた草創期の野球の話が出る予定です。これは高校野球が始まる直前の頃の話ですね。一高と三高が二大巨頭で、毎年一高三高戦をやっていた時代の話です。野球があまりにも好きなので、つい試合のシーンを膨大に書き過ぎました(笑)。

――野球好きの木内さんがいよいよ野球の話を。

木内:好きだと逆に書きづらいですが、でも楽しかったです。毎年甲子園にも行っているので、そこでいろいろ観たりして。ソフトボールもまた始めました。私は小説を書く時に身体性をなにより大事にしているので、自分でできることはやってみるんです。そうすると意外と細かい動きを思い出したりしますね。私は文学的な評論はできないのですが、小説を読むと、それを書いた作家の方の運動神経の程や日頃どんなふうに体を動かされているか、ということはなんとなく感じられたりするんです。

――へえー。運動神経のいい方と悪い方を聞きたいです(笑)。

木内:それは差し障りがあると思うので(笑)。そもそも答え合わせができるわけでもないですし。でも例えば、司馬遼太郎さんは、反射神経というか瞬発力のあった方なんじゃないかな、とあくまで勝手な想像の範疇で、思ったりすることはあります。

(了)