第176回:阿部智里さん

作家の読書道 第176回:阿部智里さん

早稲田大学在学中の2012年、『烏に単は似合わない』で史上最年少の松本清張賞受賞者となり作家デビューを果たした阿部智里さん。その後、同作を第1巻にした和風ファンタジー、八咫烏の世界を描いた作品群は一大ヒットシリーズに。なんといっても、デビューした時点でここまで壮大な世界観を構築していたことに圧倒されます。そんな阿部さんはこれまでにいったいどんな本を読み、いつ作家になろうと思ったのでしょう?

その3「八咫烏シリーズの原型は高校時代に」 (3/6)

  • 文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)
  • 『文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)』
    京極 夏彦
    講談社
    864円(税込)
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  • 烏に単は似合わない (文春文庫)
  • 『烏に単は似合わない (文春文庫)』
    阿部 智里
    文藝春秋
    724円(税込)
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――高校時代はいかがでしたか。

阿部:畠中恵さんの『しゃばけ』シリーズもたくさん読みました。それと、京極夏彦先生の百鬼夜行シリーズには強く影響を受けました。私が中学生ぐらいの時に『姑獲鳥の夏』が映画化されて、そのポスターを見て面白そうだと思ったんですよ。それで、高校になって原作を読んでみたら「これ、すごいな!」と。高校時代にクラス替えをした時に、自分の紹介文を書いて教室に貼るんですが、その時に好きな作家として京極夏彦さんの名前を出していた3人というのが、今も続く私の本当の友達になりました。
で、京極さんの影響を受け、「こういう面白さもあるのか」と思って。自分の知らなかった世界が開けてきて、そこでようやく今書いている八咫烏シリーズの原型となる話を書き始めたんです。小学校低学年で『チャックの冒険』、高学年で『サンタの娘』、中学校時代で『きりんじ』......あ、そういえば中学校時代にもうひとつ書きましたね。最初の題名がナンセンスすぎて『双璧の眼』に変えたんですけれど、妖怪もので、当時読んでいた『犬夜叉』の影響を強く受けた話がありました。あの時は「日本の妖怪ものって面白いよね」くらいに軽く考えていたんですけれども。『犬夜叉』の現代パートが好きだったんです。妖怪が現代の世界に来て、いろいろと誤魔化してやっていくのがコメディチックで、「こんなのいいな」と思って出来たのが『双璧の眼』でした。思えばその頃から、自分には東洋ファンタジーも手に負えないなって気付き始めていたのかもしれません。そこで京極先生の本にも影響されて、じゃあ、日本の神話を題材にしたファンタジーを書こうと思って高校時代に一生懸命書いたのが、『玉依姫』だった、と。

――デビュー以降ずっと書き続けている八咫烏シリーズの第五弾、最新刊ですよね。あれは高校時代に書いたものだったんですか。しかもあれが出発点だったなんて、びっくりです。

阿部:そうなんです。これが八咫烏シリーズのエピソード0であり、私自身の、作家生活といえるところのエピソード0でもあるんですよね。この中の脇役だった八咫烏が主人公になって、デビュー作の『烏に単は似合わない』が出来たんです。

――人間の世界と異世界が交錯する話ですけれど、これだけ複雑なものを高校生の時に書いたとは。

阿部:当時は当時で頑張って勉強したんですけれど、神話に対する知識も理解も全然足りていなかった。当時使っていた資料本とかも、今見ると「お前、これは違うだろ!」というラインナップだったので。京極さんの本を読んでいるので当時から「何か違うな」とは分かっていたんだけれども、何が違うのか、具体的には分かっていませんでした。だから、大学に行ったらまずそっちを勉強しようと思ったんです。日本史や神話について学びたくて、運よく早稲田の文化構想学部に受かって、文化構想学科多元文化論系というところに進みました。
それまでの文学部っていうのは縦割りで、ジャンルを横断して勉強しようとすると違うところで勉強し直さないといけなかったんです。例えば日本で作られて和漢文や漢文というのは国文学と中国文学の両方を修めないと分からないのに、同時に学べない。それでは問題あるだろうということで、両方いっぺんに学べるように改編されたのが文化構想学部、というところでして。いろいろ学べるだろうと思いました。

――日本の神話について学んだわけですか。今は大学院に行かれていますが。

阿部:日本神話を学ぶうちに「どうも日本神話というのは、日本だけでできたわけではないらしい」と悟りまして。中国や朝鮮半島、または東南アジアの影響を受けていたりするので、そっちのほうまで視野にいれないと、神話の本質が分からないらしいぞって分かったんです。それで日本神話にこだわるのをやめました。日本という枠組みを越えた方がいいだろうと思い、東洋史のほうに進学することに決めました。そもそも、悲しいことに、文化構想学部は大学院に進もうと思っても、その上がないんですよ。それで、文学部コースの東洋史の方にするっと紛れ込んだ感じですね。そうすると、漢文を読む練習をしている元文学部の人たちと違って、漢文は全然読まないできたものだから「じゃあこれ読んできてね」と言われても「一体これはなんだろう」という。いやあ、勉強はやっておいたほうがいいという話ですね(笑)。

――大学時代の日常は小説を書くのがメインですか。

阿部:メインです。サークル活動もアルバイトもしませんでした。ただ、最初の『烏に単は似合わない』を応募した直後から、結果が分かるまでの3か月間はアルバイトしました。万が一デビューすることになったら、この先一生バイトしないで人生を終えることになるかもしれないと思ったんです。それを言うと「お前は本気で自分がデビューできると思っているのか」って笑われたんですけれど。でも、実際にデビューできたので、当時笑っていた人たちに「どうだ、見たか!」って気分です(笑)。

――何のバイトをしたんですか。

阿部:本屋さんです。やるとしたら書店員だなってずっと思っていたので。ありがたいことに友人の一人が書店でアルバイトをしていたので、紹介してもらいました。バイトしている期間中に受賞が決まったんですが、普通の人に「松本清張賞を受賞した」と言っても「そんな賞あるんだ、へえ」で終わるのが、書店員さんたちはどういう賞か分かっているので、ある意味、身近な人より喜んでくれましたね。

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