作家の読書道 第176回:阿部智里さん

早稲田大学在学中の2012年、『烏に単は似合わない』で史上最年少の松本清張賞受賞者となり作家デビューを果たした阿部智里さん。その後、同作を第1巻にした和風ファンタジー、八咫烏の世界を描いた作品群は一大ヒットシリーズに。なんといっても、デビューした時点でここまで壮大な世界観を構築していたことに圧倒されます。そんな阿部さんはこれまでにいったいどんな本を読み、いつ作家になろうと思ったのでしょう?

その1「ハリー・ポッター事件」 (1/6)

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――一番古い読書の記憶から教えてください。

阿部:読書と言えるのか分からないですが、最初の記憶は母や幼稚園の先生がしてくれた絵本の読み聞かせですね。幼稚園で聞いた話を、家に帰ってから両親に話していたんです。そうしているうちに、いつの間にか自分の考えた話を友達にするようになりました。私は群馬県の赤城山のふもとに住んでいて、山の中腹にある幼稚園に通っていたんですが、幼稚園バスに乗っている時間が結構長いんですよね。それでたまに「ねえ、何か話してよ」と言われることがあって、バスに揺られている間、自作の物語を語る機会があったんです。まだちゃんと字が書けないので、絵を描いて物語を書いたりもしていました。
小学校に入り、自分でもちゃんと字も読めるようになってくると、私を本好きにしたいという母の策略が始まりました。「お母さんは小さい頃あまり本が読めなかったから、智里が面白いと思った本を教えてよ」って言うんです。そうすると「お母さんのために何か面白い本を探さないと!」なんて思うじゃないですか。そうして一生懸命図書室に通いながら、本に親しむようになりました。当時素直なイイ子だった私は、母が張り巡らした蜘蛛の糸に、みごとに捕まっていたんです(笑)

――友達に話していたり、絵を描いて書いていたりしていた物語はどんな内容だったんでしょう。

阿部:学校の怪談みたいな話だった気がします。ちょっと不思議で、ファンタジックな話もあったかな。でもしっかりした筋立てがあったわけではない気がします。それこそ、ストーリーがついたお絵かきの延長線みたいな感じでした。

――その頃、どういう本を面白いと思ったのか、憶えていますか。

阿部:幼稚園の頃読んで印象深かった話は、『小さなピスケのはじめてのたび』ですね。ねずみが独り立ちして旅をしながら自分の住処を探していくという絵本です。絵がきれいで、今から思うとファンタジー要素満載な作品でした。ディテールがすごかったんです! 今でも憶えているのが、明かりを灯すのに火を使うのではなく、蛍を蛍袋の中にいれて持ち歩くんですよ。人間だったら蛍が小さくてできないですけれど、主人公がねずみなので、蛍も大きいんですよね。それを背負いながら夜の道を歩いていくシーンがとても印象的で。そういうところってやっぱり、同じ絵本でも子ども向けと思って作者が油断している作品は、分かるんですよ。「手を抜きやがって」っていうほど尖った意見じゃないですけれど(笑)、「なんか違う」っていうのは子どもだって分かる。でも『小さなピスケのはじめてのたび』は「本当にこういうのがあるんじゃないか」って思うくらいのリアリティがありました。

――日本の絵本なんですね。著者は二木真希子さん...。

阿部:ああっ! 今気づきました。二木さんって、上橋菜穂子さんの『精霊の守り人』の挿絵書いていた人ですよね。確かもともとジブリに関わっていた方で、動物の絵がうまくて、『天空の城ラピュタ』で鳥が飛び立つシーンとかパズーの手に鳥が来るシーンとかは二木さんだったんじゃないかな。この間亡くなられて、『精霊の守り人』が好きだったので「ああ、残念」って思った記憶があるんですが。今、すごく納得しました。あの絵本のリアリティは、ジブリに通じるものがあったと思います。ファンタジーだけれども、本当にありそうな生活感があるというか。それに、動物が可愛かった。私、虫が嫌いだったんですけれど、その絵本の中の虫だったら大丈夫だったんです。あまりに可愛くて。

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――すごい繋がりが分かりましたねえ。さて、小学校に進んでからは。

阿部:1年生の頃に、作文帳に物語を書くようになったんです。流星群を見に行った翌日に何かひらめいたのに手近に紙がなくて「お父さん、白い紙」って言ったら仕事で使っていた大きな白い模造紙をくれて、その上にうずくまるようにして絵と大きな字でお話を書いたんですよ。それを当時の担任の先生がとても喜んでくれて、クラスのみんなの前で朗読してくださったんです。それで「今度から作文帳に書きましょう」ということで、作文で字が主体の物語を書くようになったんですね。そこでまた陰の策略者である私の母が登場しまして、「こいつ、そろそろいいかな」と思ったらしく、私に『ハリー・ポッター』を――つまりは、挿絵のろくにない本を薦めて来たんです。それがたしか、小学2年生の時です。ちょっと記憶が曖昧なんですけれど、とにかく面白くって。
転機があったのは『ハリー・ポッターと秘密の部屋』を読んだ時ですね。あれは当時の私にとって、世界一面白い本でした。それで夢中になっていたら、またまた母に「そんなに本が好きなら、作家になればいいじゃない」って言われて。その時にはじめて作家という職業があることを知りました。自分が今まで遊びでやっていたことがお仕事になって、それでご飯が食べられるんだって知った瞬間、「これだ!」って思ったんです。以来私はそれ一本で、それ以外の仕事に就きたいと思ったことは一回もなくここまで来ました。

――その意志の強さと、その後のたゆまぬ努力に圧倒されます。それにしてもハリー・ポッターのどこがそこまで響いたのでしょう。振り返ってみてどう思いますか。

阿部:やはり、作品の持つリアリティだったと思います。さきほどのピスケの話にも通じるんですけれど、それまで読んでいた話の多くは、作り物感があったんです。私は小さい頃から、遊園地で着ぐるみとかキャラクターの格好をしている人を見ても、普通の人がコスプレをしているとしか見えなくて、泣いて逃げるような子どもでした。夢がある分、逆に現実に対する目がちょっとひねくれていたと言うか。さっきも言いましたが「子どもを舐めやがって」と思ってしまうところがありました。でも「ハリー・ポッター」はそれを圧倒する力があったんです。子どもだましじゃなかったんですよ。あのファンタジーは、ただのマグルとして生きてきたハリーが魔法の力に出合うところから始まるじゃないですか。もしかしたら自分にもそんなことが起こるかもしれないって思えるくらいのリアリティがあって、魔法界だって私が知らないだけで、本当はあるのかもしれないって思わせてくれた。ひねくれた私を騙し仰せるというか、タコ殴りにするくらいの威力を持っていたんですよね。

――それまでもファンタジーは読んでいたけれども、「ハリー・ポッター」は違ったということなんですね。

阿部:違いましたね。質がおそろしく高かったと思います。それまでは絵本を見ても、「大人が子どもを喜ばせるために作った話」だったんです、私にとっては。
最初、『ハリー・ポッターと賢者の石』は母の読み聞かせだったんです。でも途中で待ちきれなくなって自分で読み始めて。それまで字だけの長い本を自分で読んだことがなかったので、一生懸命読んでも、結構時間がかかったんですね。読み終わって「うわあ、面白かった」と思ってほくほくしている最中に『ハリー・ポッターと秘密の部屋』が出たんじゃなかったかな。発売日には学校から全速力で走って帰って来て、そんな私を見て母が笑いまじりというか、呆れ気味に「だったらこういう仕事につけばいい」と言った、という経緯になります。私の人生が変わった瞬間でしたね。

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プロフィール

阿部智里(あべちさと)
91年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、20歳の時に『烏に単は似合わない』で松本清張賞を史上最年少受賞。 14年早稲田大学大学院文学研究科に進学。デビュー作から『烏は主を選ばない』『黄金の烏』『空棺の烏』『玉依姫』と続く八咫烏シリーズは累計65万部を超える大ベストセラーに。