第176回:阿部智里さん

作家の読書道 第176回:阿部智里さん

早稲田大学在学中の2012年、『烏に単は似合わない』で史上最年少の松本清張賞受賞者となり作家デビューを果たした阿部智里さん。その後、同作を第1巻にした和風ファンタジー、八咫烏の世界を描いた作品群は一大ヒットシリーズに。なんといっても、デビューした時点でここまで壮大な世界観を構築していたことに圧倒されます。そんな阿部さんはこれまでにいったいどんな本を読み、いつ作家になろうと思ったのでしょう?

その4「松本清張賞を目指した理由」 (4/6)

  • 烏に単は似合わない (文春文庫)
  • 『烏に単は似合わない (文春文庫)』
    阿部 智里
    文藝春秋
    724円(税込)
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――大学3年生の時に『烏に単は似合わない』で松本清張賞を受賞してデビュー。それにしても『玉依姫』は応募しなかったのでしょうか。また、なぜ松本清張賞に応募したのかを教えてください。

阿部:実は『玉依姫』は、すでに高校生の時に松本清張賞へ応募して、二次選考までいって落ちているんです。それまでは箸にも棒にもひっかからなかったのが二次選考までいったので、明確な手応えを感じました。それでちゃんと勉強してリベンジしようと思って、大学進学をした、という流れです。
松本清張賞にしたのは、私が通っていた女子校では開校記念式典に毎回、各界で活躍されているOGの方がいらして、その方のお話を聞くんですが、高校2年生の時にいらしたのが、ちょうど文藝春秋の編集の方だったんですよ。
私は当時から恥ずかしげもなく「将来作家になりたい」と言っていたので、友人たちが「せっかくあんなすごい人が来たんだから、話を聞いてきなよ」と言って背中を押してくれました。友人達が誤魔化してくれたので帰りの会も掃除も部活も全部すっぽかして、校長室に突撃したんです。「どうか話を聞いてくれ、私は作家になりたいけれども、どうしたらいいか分からない。賞に応募しようと思っても、どういう賞がいいのか分からない」と、こんな調子の熱の入ったマシンガントークをして、相談をしたんですよね。その方はその後、なんと食事にまで連れ出してくださって、夜までかかって私の話をいろいろ聞いてくれたんです。あれはもしかしたら、人生で一番嬉しかった時かもしれないですね。それで話を聞き終えると、「本当にやる気があるのなら、松本清張賞に応募しなさい」と。「あなたはライトノベルの賞に応募するつもりらしいけど、話を聞く限り、清張賞でいけると思う」って。それで私は「分かりました」と言って――その時に書いていた『玉依姫』は今よりずっとライトノベル調で、恋愛要素なんかもあったんですが、無理やり一般小説風に直して、応募締切ギリギリのところで送ったんです。だから結構ツギハギみたいな感じだったんですけれど、二次選考までいって。後で聞いたら16歳の女の子が応募してきたということで、話題性があるから手直しをして本にしたらどうかという声もあったそうなんです。でも「それは本人のためにならないから」と、あえて落としてくれたそうで。本当に感謝しています。しかも落とすと同時に、フォローというか、文藝春秋に呼んでくれて、最初のOGとはまた別の編集の方に「本気でやる気があるんだったら、もう一回応募してこい」というふうに言ってもらえたんです。これも大きな転機となりました。私はそれまではやいとこデビューしなくちゃって、すごく焦っていたんです。でも、その男性編集者の方が「君はなにを焦っているんだい」と訊くので、「世の中には実力があって、一生懸命やっているのにたまたま運が悪くてデビューできない人が大勢いる。私もそのうちの1人になってしまわないかとても不安だ」って答えたら、「じゃあ君は、身近にプロ並みの力を持っていてデビューできない人間を知っているのか」って言われて。そこで「あれ」と思いました。確かにそういう話はたくさん聞くけれど、実際にそんな人は自分の周囲にはいなかったんですね。それを正直に言ったら、「我々だって、能力のある新人作家をいつも探している。こちらはいつでもデビューさせる準備があるから、焦らず、まずは実力をつけなさい」って。もう、目から鱗が落ちた思いでした。焦っていた気持ちがストンと抜けて、じっくり推敲して2年後に応募したのが、デビュー作となる『烏に単は似合わない』でした。

――まるでドラマのよう。『玉依姫』を書いた時は、八咫烏のいる山内という世界の構造はまだ全然組み立てられてなかったんですよね。

阿部:なかったですね。まず、この世界観を表すのにどうしても異界を示す用語が必要でして、「山の内側だから山内」っていう、安易なネーミングをしたのです。深く考えて名付けたわけじゃなかったのですが、それを書いた時に「この言葉とは長い付き合いになるかもしれない」と感じました。『玉依姫』で落ちた時に「じゃあ、今度は山内の話か」ってなったんですよね。確かに『玉依姫』を読んでくれた友人たちから「この脇役の八咫烏いいよね」と、評判がよかったのもあるのですが、自然と、次は八咫烏が生きている山内が舞台だ、と思ったんです。
その頃には大量のアイデアノートの蓄積があったので、そこから使えるアイデアはどれかと考えて、第一候補に挙がったのが『烏に単は似合わない』の原型でした。本当は第2巻に相当する、男の子たちの話を本筋に持ってきたかったんですけれど、今回はお姫様たちの話にしよう、と。それは、「今の私にしか書けないものはなんだろう」と考えた結果でした。当時の私は女子高からほうほうの体で出てきたばかりだったので、あの女の子たちの様子を書けば面白いんじゃないかと思いました。

――あの作品は後半の展開にかなり驚きましたよね。

阿部:後になって「これはミステリーだ」と言われることがあってびっくりしました。私は読者に謎解きをさせるつもりなんて、一切なかったんです。ただ、不意打ちをするためだけに書いたので......。というのも、とにかくデビューすることが最優先だったので、なんとかして選考委員の先生方に一太刀あびせないと、と思っていたんです。それが出来たら、あの先生方なら「なんて卑怯な」と言うのでなく「おぬし、やるな」と言ってくださるだろうと思って。でも、王道のファンタジーを期待して読んでくださった読者さんにとっては、お金を払ってレストランに入り、さあ美味しいものを食べるぞ、と思っている最中に背中を刺されるようなものですからね......。「ふざけるな!」と怒って当然だなと、後でしみじみ反省しました。あれを「面白い」と喜んでくださる方は、相当心が広いですよ(笑) 最近ではせめてもの警告として、帯に「予想は裏切ります」と載せてもらうことにしています。

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