第176回:阿部智里さん

作家の読書道 第176回:阿部智里さん

早稲田大学在学中の2012年、『烏に単は似合わない』で史上最年少の松本清張賞受賞者となり作家デビューを果たした阿部智里さん。その後、同作を第1巻にした和風ファンタジー、八咫烏の世界を描いた作品群は一大ヒットシリーズに。なんといっても、デビューした時点でここまで壮大な世界観を構築していたことに圧倒されます。そんな阿部さんはこれまでにいったいどんな本を読み、いつ作家になろうと思ったのでしょう?

その6「今後について」 (6/6)

――今はどんなふうに一日を過ごされているんですか。

阿部:大学院の授業は学部の講義と違い、調べてきたものを発表してからのディスカッションみたいなものがあるので、事前にちゃんと準備しておかないといけません。授業がある火水木金の間にレジュメを作って、発表や討論の準備をします。小説を書くのはそれ以外の日。『玉依姫』を書いている頃は、金曜日の授業に出てから文藝春秋に行き、月曜の夜か火曜の朝までカンヅメで小説を書いて、それから学校に行ってました。本当に切羽詰まってくると大学のほうが疎かになってしまうこともあったのですが、先生たちが優しくて、「君は仕事があるからね」って、お目こぼししてくださることもありました(笑)。でも、先生方がああ言ってくださらなければ、ここまで続けて来られなかった気がします。
去年は修士課程を卒業して、専業作家になるつもりだと公言していたのですが、内心では大学に残りたかったんです。というのもデータベースへのアクセスが全然楽ですし、気になることがあれば、すぐ先生に聞きにいけますし! 田舎で引きこもってただ書き続けるよりも、大学を通じて外部とつながりがあった方が、長い目で見れば良いと分かっていました。ただ、やっぱり私は一番やりたいことが小説で、二番目が研究なので。同期の子たちは、研究が一番じゃないですか。この方たちと同じレベルで研究はできないなぁと痛感して、諦めていたんです。ところが先生は「君、勉強したいなら続ければ良いじゃない」とおっしゃった。「みんなと同じレベルでやる必要はない。他人と比べるよりも、勉強したいって気持ちがあるかどうかが大事だから」と。本当にありがたかったです。かくなる上は、なるべく長く大学にいたいと思っています。どこまで出来るかは分かりませんが、進学もしたい。

――さて、執筆活動ではデビュー作からずっと八咫烏シリーズを書かれていて、大変な人気シリーズになっています。毎回毎回「あ、今度はこの方向から来たのか」という驚きがあって飽きないし、なによりここまでしっかりと世界観を構築していたんだということに圧倒されます。

阿部:ありがとうございます。先ほど松井さんのお話をしましたが、私自身が、緻密に計算されていて、伏線がある話が大好きなんです。だから一作一作を楽しんでいただいて、最終巻が出た瞬間に私が何をやりたかったのか分かってもらえるというのが最高の形だと思っています。そういった意味では修行不足の点が多々ありますので、今後も驕らず、勉強を続けたいと思っています。

――松井さんの漫画のような伏線ってもう入っているんでしょうか。

阿部:はい。結構入っていますね。まだ伏線だって分からないと思います。大きなものから小さなものまで伏線もいろいろですし、後から読んだらショックを受けるようなものも含まれていると思います。

――へええー! シリーズ最新作の『玉依姫』はいきなり現代日本が舞台なのでびっくりしましたが。

阿部:そうなんですよ。それで「八咫烏シリーズじゃないじゃん!」と言われることが多々あって。不満はあるだろうなとは分かっていたんですが、「まあ大丈夫だろう」と高をくくっていたら、思ったよりも主人公たちが愛されていたらしく......。
でも、実はこれ、来年出る第6弾と表と裏になっているんですよ。そこまでが第1部なんです。このシリーズは1巻と2巻が女性視点と男性視点で同じ時間軸で書いていますが、第1部のラストも同じ構成になっていて、『玉依姫』は人間の女の子から見た世界の話で、次は八咫烏から見たこの時間軸の話になっているんです。
『玉依姫』を読んで頂いたら分かると思うんですが、結構山内という世界そのものの問題が出て来ていますよね。それは来年の第1部の最後で決着するんです。でもそれだけだと、1巻2巻で語っていた、貴族間の抗争がただの前座というか、番外編みたいな感じになってしまう。それが第2部にいくと1巻2巻も番外ではなく本編の一部だったということが明確になると思います。

――来年の新刊で第1部が終わり、再来年に第2部がスタートする予定なわけですね。毎年7月に新刊を出すと決めているんですか。

阿部:最低限1年に1冊出さないと、っていう文春さんの意向で。毎年6月に文庫が出て、7月に単行本が出るというペースになっています。そうすると文庫から読み始めた方が他の既刊を読んでくれて、読み終えて「次の話はいつ出るんだろう」という頃に新刊が出るという感じになるかと思って。

――八咫烏の世界以外の作品は書かないのですか。

阿部:構想もあるし、ありがたいことに他の出版社の人からもお声がけいただいたりしています。ホラーとミステリーがまざったものや、ファンタジックな刑事ものとか(笑)。でもそれを書くためには下準備というか、取材も勉強も必要なので、そのための時間がどうしても必要ですね。

八咫烏シリーズ公式HP
http://hon.bunshun.jp/sp/karasu

(了)